事件発生
翌日、式は昨日に引き続き小学校のボランティアに来ていた。
初日は榊たちと共に通っていたが、二日目以降は現地集合となっている。
本日も授業を受ける教室へと向かおうとしたその時、
「式くん! 来ましたか」
と、榊が慌てた様子で式に声を掛けてきた。
「榊さん。どうしたの、慌てて」
「た、大変です。学校で加藤校長先生の遺体が発見されたのです!」
「えっ!?」
突然の榊の言葉に驚く式。
「い、遺体って……」
「とりあえず来てください。こっちです!」
榊に手を惹かれ、式たちは死体現場へと向かった。
榊に連れられてやってきたのは、職員が使用するトイレだった。
その女子トイレの入り口で、加藤は頭から血を流して倒れていた。
「加藤先生……」
昨日の予感が当たってしまったことに、式は悔やむ。
(嫌な予感がしたあのとき、加藤先生に何かいっていれば、この死は止められたかもしれない……)
しかし、悔やんでももう戻らない。
式は加藤の無念を晴らすためにも、この事件を解決することを決めた。
「榊さん、警察にはもう電話した?」
「はい。この遺体を見つけた後、すぐに」
「なら、榊さんが第一発見者ってことでいいのかな」
「恐らくは。他の先生も見当たらないですし。ただ、私よりも早く多田先生が来ていましたが」
榊は今朝の状況を説明する。
「多田先生が?」
「ええ。ちょうど私が学校についたときに多田先生と出会ったのです。彼が鍵をもっていたので、私も学校に入れたのですよ」
「そうだよね。いくら早く来ても、鍵がなくちゃ学校には入れないか……。多田先生はどこにいるの?」
「遺体を一緒に見つけて警察に電話した後、職員室に行って他の先生方に連絡をしています」
「そっか……」
式は少し考えた後、榊に尋ねる。
「警察はあとどれくらいで来るって言ってた?」
「遅くとも20分以内にはと」
「なら、その間に調べられることは調べておこう。警察が来ちゃったら何もできなくなるからね。とはいっても、現場を不必要に荒らすと捜査の邪魔になっちゃうから、気を付けて行う必要がある」
「そうですね」
まず式は遺体を調べることにした。
遺体の頭から血が流している。詳しく調べないとわからないが、恐らく鈍器のようなもので殴られたのだろう。だとするとこれが死因となるのだが、この死体に関しては一つだけ不可解なことがある。
「何でこの死体、体中がずぶ濡れなんだ……?」
そう、まるで水浴びをしたかのように体中が濡れているのだ。
トイレに入っていて体全身が濡れることなどそうあるはずがない。ということは、体を濡らすという行為は犯人がやったものなのだろうか。
では、一体何のために?
「もうちょっと調べてみる必要があるな」
他に遺体に特徴が見つからなかったので、次はその周りを調べることにした。
「ん? これは……」
式はトイレの入り口に落ちていた糸切れを見つけた。
「糸切れ?」
この糸切れの意味は何なのだろうか。
他にもあたりを見渡してみると、トイレの入り口上部にも糸切れがあるのを見つけた。
「こんなところにも糸切れが……」
現場保全のため触ることはできないが、見た限りだと落ちているものと同一だろう。
「後は特にめぼしいものはなさそうだけど……」
念のため、トイレの中も調べた方が良いだろう。
式は死体を踏まないようにトイレの中に入った。
「式くん、女性トイレでもお構いなしに入るのですね」
「緊急性を伴うからね。そんなこと考えている場合じゃないでしょ。時間もないんだし」
トイレの中を調べてみるものの、別段変わったところはない。しいて言えば、一番奥にある個室の床に少し水たまりが出来ているくらいだ。便器にもわずかだが水滴がついている。
「一応ここも見てみよう」
式は掃除用具がしまってある個室のドアを開けた。ホースやバケツ、ブラシなどの掃除用具が置いてある。
「……」
式は考えこむ。もうすぐ警察も到着する。現場の気になるところは一通り調べられたので、ひとまず退散しよう。
「もうすぐ警察が来るし、俺は校門に行って警察を待ってるよ。榊さんは春崎さんに連絡してほしいのと、この現場を見張っていてほしい」
「わかりました」
式は急いで校門へと向かった。
式が校門に辿り着いた頃には、既に警察は到着していた。
「あ、警察の方ですね」
「そうですが、あなたは?」
「僕は式十四郎と申します。教育実習生としてこの学校に来ていたのですが、その矢先に……」
「なるほど。私は園田隼人と申します。早速で申し訳ないのですが、現場まで案内してもらえないでしょうか」
「はい、こちらです」
式は園田を連れて現場へと戻った。
「式くん、待ってましたよ」
式が戻ってきたのを見つけた榊は、園田の姿を見て驚愕の表情を浮かべた。
「え、隼人兄さん!?」
「せっちゃん、何で君がここに?」
園田も榊の姿を見て驚いている。
「あれ、二人は知り合いなんですか?」
「ええ。隼人兄さんは私の従兄です。刑事をやっているとは聞いていましたが、まさかこの事件を担当するとは……」
「ということは、君がよくせっちゃんが話していた式くんだったんだね。改めてよろしく」
「は、はい。それより、これが現場です」
園田は死体が転がる現場を見る。
「とりあえず、ここは捜査のため立ち入り禁止にします。第一発見者は誰ですか?」
「私です」
「なら、この後事情聴取をしたいから残っていてほしい」
「はい」
「僕はどうすればいいですか?」
式が尋ねる。
「君を含めて学校の先生や生徒にも聞き込みをしたいから、この学校にそのまま残ってほしい。しばらく学校は閉鎖になると思うから、なるべく今日のうちに聞き込みをしておきたいんだ。とりあえずは、担当しているクラスにいてくれないかな。今日登校してくる先生や生徒たちに事情を説明する必要があるから」
「わかりました」
その後ホームルームが始まると、各クラスで担当教師の口から休校の報せが伝えられた。
「……というわけなので、しばらく学校は休校となります。どれくらいの期間になるかはわかりませんが、登校日が決まり次第連絡網で伝えます」
多田は自分のクラスの生徒に報せる。
「なんか、大変なことになっちゃったね……」
式より少し後に登校してきた春崎が耳打ちする。
「うん。教育実習どころじゃなくなったね」
それよりも式は、クラスの児童たちの様子が気になっていた。
殺人事件が起きたということでざわついてはいるが、予想よりもはるかに児童たちは落ち着いている。
(もっと動揺するもんだと思ってたけど。肝が据わっているってレベルじゃないな……)
私立小学校ともなれば、精神も通常の子供とはかけ離れているのだろうか。
式はこの異様ともいえるクラスの雰囲気に少しばかりの恐怖を感じていた。