佐野家
その後三人は、微妙な雰囲気のまま、授業を過ごした。
多田とは若干気まずくなってしまったが、授業中は児童たちがおかまいなしに質問してくるので、あれこれ考える暇などなかった。
何やら不穏なものを抱えたまま、一日目が終わった。
「うーん。なんか亡くなった佐野未来ちゃん関連で一悶着ありそうだね」
「優秀な生徒を亡くしてしまったという学校側の気持ちはともかく、クラスの子たちがどんな気持ちなのかが気になりますね」
「……まずはさ、その子の家に行ってみない?」
突然、式が提案した。いつもの彼らしくない言動だ。
「式くん、どうしたのですか? そんなことを言うなんて」
「……別に。ただ、先生たちがあんな風に言っているのを聞いて、何かあるんじゃないかって思っただけだよ」
「でも、私も気になるよ。何か秘密にされるのももどかしいし」
「しかし、赤の他人である私たちが押し寄せたところで、話をしてくれるとは思いませんが」
榊の言葉に春崎は考え込んだが、式は
「大丈夫だよ。じゃあ行こう」
と楽観的だ。
「え、式くん待ってください!」
珍しく、式が強引に榊を連れて行った。
「ここだね。佐野未来ちゃんの家は」
式は手に持っている紙を見ながら、目の前のアパートを観察し始めた。
特に何の変哲もなアパートだ。平凡な家庭だった、ということだろうか。
「式くん、なんで未来ちゃんの家知ってるの?」
「職員室にプリントを届けるときに、名簿を見たんだ」
「抜け目がないですね」
榊が感心したような、呆れたような目を向ける。
「それで、この後はどうするの?」
「とりあえず、ご両親に会ってみよう」
式は佐野と書かれた部屋のチャイムを押した。
しばらくすると、一人の男性が姿を現した。
ひどくやつれているように見える。一瞥しただけで生気がないことがわかるほどだった。
「……何か御用ですか?」
「あの、僕たちこの近くにある小学校に教育実習としてやってきている者なんですが、あなたは佐野祐樹さんですか?」
「……そうですが」
佐野は渋々と答える。
「ご回答ありがとうございます。本題に入りたいのですが、少々お話をうかがってもよろしいでしょうか?」
「……なぜ、私に?」
「あの学校の先生たちから、あなたのお子さんが最近亡くなられたと聞いたので、その話をお聞きできればと思って……」
「ちょ、式くん、ストレートすぎるよ!」
直球すぎる式の言葉に、慌てふためく春崎。
「……帰ってくれないか! 君たちのような野次馬に話すことなど何もない」
佐野は怒りを露にして玄関のドアを閉めようとしたが、式が足でそれを拒んだ。
「佐野さん、少し耳を貸してもらえないでしょうか」
と言って式は佐野の耳元にかけより、何かを小声で話す。その話を聞いた佐野は顔を真っ青にして式を睨みつけ、
「……話は中でうかがいましょう」
と答えた。
「ありがとうございます。じゃあ榊さん、春崎さん、中に入ろう」
「……え、何で話してくれるようになったの?」
春崎は何が何だかわからない、といった表情を浮かべている。
「式くん、一体何を話したんです?」
「それは後で教えるよ。とりあえずまずは佐野さんから話を聞こう」
そう言って式は佐野家の中に入っていった。
「……それで、聞きたい話とは何なんですか?」
佐野は式を警戒しながら尋ねる。
「あなたの娘である佐野未来ちゃんについてです。彼女のプロフィールとか、後は件の事件のことも。あなたの知っていることを話してください」
「……あの子は元々は元気な子だった。勉強もできて運動もできて、性格も明るくて。しかし、二年前に心臓病になってしまい、それまで外で走り回っていた彼女の姿を見ることはできなくなった。もう心から笑う彼女を見ることが出来なくなったと思ったら、私は悲しくて……」
「佐野さん……」
「それでも彼女は病気と闘い続けていました。だがその努力もむなしく彼女は亡くなった。本当に惜しい限りです。彼女にはもっと生きていてほしかった」
佐野はハンカチで涙を拭きながら言葉を放つ。
「……もういいでしょう。これ以上彼女の話をすると、また悲しい感情が湧き出てくる。申し訳ないが、しばらく一人にしてくれないか」
そう言って佐野は式たち三人を家から追い出した。
「佐野さん、悲しそうだったね」
「ええ。それにしても式くん、どうして彼から話を聞き出すことができたのですか」
「……二人はさ、さっきの話を聞いてて違和感を覚えなかった?」
式が二人に尋ねる。
「違和感?」
「よく思い出してみてよ。佐野さんは未来ちゃんのことを一度たりとも『娘』と呼ばなかった。全部『彼女』って言ってたよね」
「そういえば、確かに」
「それに、多田先生の話を思い出してみて。先生は未来ちゃんのことを昔から体が弱かったって言ってたけど、今佐野さんから聞いた話では心臓病になったのは二年前だと言っていた」
「それは、心臓病になったのは二年前ってだけで、昔から体自体は弱かったんじゃないの?」
春崎が反論する。
「昔から体が弱かった子が、勉強はともかく運動が得意っていうのは、少し不自然じゃないかな。もちろん絶対にあり得ないというわけじゃない。でも、佐野さんの話は不自然か箇所がいくつもあるよね」
「うーん……」
「俺は多田先生の話を聞いて疑問に思ったんだ。心臓病という割には運動が得意だったっていうのは変じゃないかって。だからさっき佐野さんにカマをかけてみた。あの事件の秘密を知っているとね」
「そんなこと、知りもしないのに?」
「うん」
式はにこっと笑う。
「そうしたら、上手いこと引っかかってくれたよね。その場で『どういう秘密を知っているんだ』って問いただせば、俺は言葉に詰まって答えられなかったのに、彼はそれを怠って家の中に招き入れてしまった。これは後ろめたいことがある証拠だよ」
「ということは、未来ちゃんの死には何か裏があるということですか」
「恐らくね」
式の言葉に、二人は黙ってしまった。
「どうする、榊さん。このまま未来ちゃんの死の真相を突き止めるか、それとも教育実習が終わるまで何もせずに過ごすか」
「……ミステリー好きとしては、真実を知りたいという気持ちが沸き立ちます。それに本当に裏があるのだとしたら、それを隠蔽させていいわけがない」
「ということは?」
「探ってみましょう。未来ちゃんの死の真相を」
榊の言葉に、式はにやりと笑った。
「じゃあ決まりだね。とりあえず明日クラスの児童に聞いてみようか」
「ええ」
「……ていうか、式くんずいぶんノリノリだね。こういうことに首突っ込むタイプじゃないと思ってたけど」
「榊さんに感化されちゃったのかもね」
「それはいい傾向ですね。そのままもっと他者とのコミュニケーションを増やして友達を作っていきましょう」
式の軽口をさらりと受け流す榊。
「じゃあまた明日。さようなら」
「ええ、さようなら」
「またねー!」
お互いに挨拶を交わし、三人は帰路についた。




