事故
授業もある程度終わり、昼休みになった。
式たちは三人で集まって昼食をとっていた。
「久しぶりに給食を食べてみたかったけどなあ」
「仕方ないですよ。私たちは給食費を払っていないのですから」
「意外とシビアなんだね……」
小学生たちが食べる給食を、羨ましそうに見る式と春崎。そこへ、一人の少女の声がお盆を持って話しかけてきた。
「お姉さんたち、給食が食べたいの?」
式たちが振り向くと、そこには小柄で眼鏡をかけた少女が立っていた。
「う、うん。久しぶりに食べたいなあーって」
「なら、私のを少しあげるよ。私小食だから」
「え、本当?」
「うん」
「やったー!」
子供のようにはしゃぐ春崎。
「でも、いいのかな」
「まあこのまま食べきれずに捨てるよりは、誰かが食べた方がいいのではないでしょうか」
「それもそうだよね」
少女は榊と春崎に給食を分け与える。
「あの、俺には?」
「お兄さんには無し」
「なんで!?」
辛辣な少女の態度に驚く式。
「だって……」
少女はそう言った後、黙ってしまった。
「……どうやら、式くんは嫌われてしまったみたいですね」
「俺何もやってないのに……」
「いや、別にお兄さんのことが嫌いなわけじゃないよ。でもなんか、気になるんだよね」
「なんだそりゃ」
「あ、そうだ。私は三上志穂っていいます。よろしくお願いします」
少女はそう言うと、ぺこりとお辞儀をした。
自分に対する態度は気になるけど、小学生にしてはずいぶんと礼儀がいい子だな、と式は思った。
「じゃあ私、そろそろ食べ始めないと。給食の時間が終わっちゃうので」
「あ、うん。ありがとう分けてくれて」
「いえ。それでは」
志穂はお盆を持って自分の席に戻っていった。
「なんか、小学生にしてはずいぶんと落ち着いてた子だね」
「うん」
「皆さん、志穂ちゃんとお話ししてたんですか?」
志穂への感想を言い合っていた式たちのもとに、担任の多田が近づいてきた。
「あ、多田先生」
「あの子は非常に頭が良い子で、学年トップの成績を誇っているんですよ。それ故か、年齢に合わないほど落ち着いていて」
「そうですね、びっくりしました。私の小学生時代とはまるで違いますもん」
「ひょっとして、俺が馬鹿だから嫌われてるのかな」
「流石にそんなことはないと思いますよ。あの子は結構気難しい子なので」
式のネガティブな考えに、多田はすかさずフォローを入れた。
「他にも、学級委員である水元空さんも成績優秀で、書道や川柳など、様々なコンクールで受賞をしているほどなんです。後はリトルリーグでベスト4に入ったチームのメンバーである松木高志くんなど、この学校にはあらゆる場所で好成績を残した子がたくさんいるんですよ」
「はあ、流石は有名私立小学校ですね」
「ええ、この子たちの将来が楽しみです」
「本当ですよ。それだけに、あの子のことは本当に勿体なかった」
と、不意に多田は雲行きが怪しい話をし始める。
「あの子とは?」
「……実は、このクラスには非常に優秀な生徒がいたんですが、事件がありましてね」
「事件?」
式が尋ねる。
「……このクラスで、亡くなった生徒がいるんです」
「亡くなった……!?」
多田の言葉に、絶句した三人。
「ええ。佐野未来という子だったのですが、彼女は三上志穂ちゃんと同等かそれ以上の秀才でした。まだ小学生なのに勉強も運動も得意で、明るい性格だから友達や彼女を慕う人も多かったのです。しかし、彼女は昔から極端に体が弱かった」
「何か病気でも患わってたんですか?」
「はい。詳しい病名は言えませんが、心臓の病気だったそうです。手術をするにも莫大なお金がかかりますし、心臓のドナーも見つからなかったとか。そうこうしている内に、やがて彼女は……」
その先は、三人とも言わずとも理解した。
「未来ちゃんと志穂ちゃんは、お互いにトップの成績でした。はじめのうちは志穂ちゃんがトップを独占していた状態だったんですが、未来ちゃんも努力していたので、次第にトップは入れ替わるようになりました。しかし彼女亡き後は先ほどの志穂ちゃんが繰り上がってトップになったんです。志穂ちゃんが今どう思っているかはわかりませんが、先生方は内心喜んでいるんじゃないかっていう噂をしてるんです」
「そんな……。人が亡くなっているのに、素直に喜べるわけないじゃないですか」
「それはどうかはわかりません。自分の生徒をこう言いたくはありませんが、二人が話しているところを見たことがありませんから、仲が良いとは考えづらいですし……」
「先生、それはちょっとおかしくないですか?」
多田の言葉に、式が反論をした。
「この話は全くの無意味です。志穂ちゃんの内心なんで想像する必要がないじゃないですか。それを話しているところを見たことがないからという意味不明な根拠で悪く想像するなんで、担当教師のすることとは思えませんよ」
「……」
「それとも、あなたは志穂ちゃん、またはその亡くなった少女に何か特別な感情を抱いているんですか?」
「……まさか。私はただ客観的に意見を言っただけですよ。さあ、こんな暗い話はこれくらいにしましょう。もうすぐ給食の時間も終わりますし」
多田は強引に話を打ち切り、自分の席へと戻っていった。
「……なんか、あんまり雰囲気よくなさそう」
春崎が、そんな感想をもらした。