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動機

 私は勉強ばかりをやっていた。

 そのおかげか、有名私立小学校でも好成績を収めることが出来ている。一年生の頃からテストの順位は学年トップ3には必ず入るほどだ。その反面、運動は決して苦手ではないが、そこまで得意ではなかった。

 小学校三年生のあるときだった。テストの結果が張り出されたので、私は順位を確認しに行った。今回も一番を摂っているだろうと思っていた私が見た順位は、予想に反して二位だった。

 では一位は誰なのかと見てみると、そこには佐野未来という名前が記されていた。


「佐野未来ちゃん……?」


 名前は聞いたことがある。テストでは上位に名を連ねていた少女だ。しかし最近はトップ3で見かけることはなかった。今回は必死に勉強をした、ということなのだろうか。


「おい、三上が二位に転落してるぞ」

「ここ最近はずっと一位だったから、あの子も悔しいんじゃないかな」


 クラスメイトたちのそんな話が聞こえてきた。

 正直に言えば、悔しいという気持ちもある。だが、それで彼女を憎むことはない。彼女もそれなりに勉強をしてきたからこそ、努力が実ってこの結果になっているのだから。


「でも、次は勝つ……」


 そう決意していた私の元に、例の少女が現れる。


「あ、志穂ちゃん。ちょっといいかな?」

「……何?」

「お話があるんだ。放課後付き合ってくれる?」

「いいよ、別に」


 別段断る理由もないので、とりあえず了承した。




 放課後、私と未来ちゃんは近くの公園で話をすることにした。


「それで、話って何?」

「んーとね、単刀直入にいうけど、次回のテストで私に一位を譲ってほしいんだ」


 未来ちゃんの口から出た言葉は意外なものだった。


「……何で?」

「理由はまだ言えないかな。私にも確信があるわけじゃないし」

「どういうこと?」

「そうだね、じゃあ予言するよ。次の定期テストで私が一位をとったら、その数日後に私は入院することになる」

「……は?」


 予言の意味がわからなかった。


「詳しいことはテストが終わったら全て話すよ。だから私を信じてほしい」

「……一晩考えさせて」

「わかった。でも、あなたにとっても今回一位を譲るという選択肢は最適なものだということを忘れないで」


 そう言って未来ちゃんは立ち去った。

 彼女が何の目的であんなことを言ったのか、理解できない。

 単に一位を確実にとりたいから?

 それならば、テストの数日後に入院するとは何なのだろう。

 もしかして、彼女は体が良くないのでは?

 様々なことが思い浮かぶが、どれも確証に至るものではなかった。




 翌日、私は未来ちゃんを呼び出した。


「昨日の話なんだけど」

「うん」

「あなたに一位を譲ってあげるよ」

「本当に!? ありがとう」


 未来ちゃんは安心したような表情を浮かべている。


「でも、私が譲ったからといって一位になれるとは限らないけど」

「大丈夫だよ。あなた以外の人には勝てるから」

「ふーん」


 よほどの自信がなければ、そこまで断言はできないだろう。


「とりあえず、テスト終わったら全て話してもらうからね」

「もちろん」


 未来ちゃんはにこやかに答えた。




 その後、件の定期テストが始まった。私は彼女との約束通り、一位をとらないためにわざといくつかの問題を間違えた。一位はとらないとしても、せめて十位以内には入っていたいので、そこそこ問題は解くことにしていたのだ。

 そして数日後、テストの結果が出た。私の順位は二位で、未来ちゃんの順位は一位。目的は達されたのだった。


「志穂ちゃん、ありがとう約束をまもってくれて」


 未来ちゃんはこれでもかと礼を述べる。


「別にいいよ。それよりも話してくれるんだよね」

「うん。でももうちょっと待って。論より証拠だから」

「……まあ、いいけど」


 彼女が言っている言葉の意味はわからなかったが、それを数日後に知ることになる。

 テストが終わってしばらくたつと、突然未来ちゃんが入院したという情報が入ってきた。

 私はお見舞いと詳しい話を聞くために、彼女の病室に訪れた。


「未来ちゃん!」


 私にしては珍しく声を上げた。


「あ、志穂ちゃん……」


 彼女は弱弱しく返答した。その様子から衰弱しているのがうかがえる。


「これは一体どういうことなの、説明して」

「そうだね。何から言おうかな」


 彼女は説明に迷っているようだ。


「じゃあまずは何で入院することになったのかを話して」

「……私ね、聞いちゃったんだ。加藤先生が怪しい人と話しているところを」


 未来ちゃんは事情を語りだした。


「何を話していたの?」

「加藤先生は天才というものの研究をしているようだったの。生まれつき才能を持っている人とそうでない人の差は何なのか、優秀な人の脳みそはどうなっているのか、なんてことを研究していたらしいよ」

「それで?」

「加藤先生は恐ろしい計画をたてていた。私たちが通っている学校で最も優秀な児童を一人選別して、その子を解剖して謎を解き明かすっていうものだった」

「え……」


 未来ちゃんが話した内容に私はぞっとした。


「その被験者に選ばれたのが、志穂ちゃんだったの」

「……そんな」

「それを聞いちゃったから、私は見過ごせなかった。だから私が優秀な児童になって代わりに被験者になろうとしたの」


 ということは、彼女は私のために犠牲になったということになる。


「テストが終わった後、私は加藤先生に呼び出された。そこでお茶やお菓子を食べながら話をしていたの。話の内容自体は他愛もないことだった。でも私に差し出されたお茶の中に、毒薬が入っていたの。だから私は今こういう状態になっている」


 事情は理解した。だが彼女の話が本当なら、恐らく彼女は……。


「じゃあ未来ちゃんは今後どうなるの!?」

「まあ、察しの通りだよね。この後私は加藤先生たちに解剖されて実験体にされるんじゃないかな。死亡理由は適当に病気が悪化した、とかになるかもね」

「ちょっと待ってよ。未来ちゃんのお父さんはどうするの? こんな目に合わされてお父さんが納得するわけないじゃない」

「お父さんには事情は全て知らされているよ。口留めとして莫大なお金をもらっているんだ。お父さん数年前に離婚してから、碌に働かずにお金に困っていたからさ。最近は私のことも鬱陶しそうだったし、棚から牡丹餅って思ってたんじゃない?」

「そんな、ひどすぎる……」


 つまり、彼女が助かる術はないということなのか。


「私、このことを学校の皆や先生、警察に話してみる」

「無駄だよ。警察は既に息がかかっているだろうし、大体子どもの言うことなんかまともに聞いてくれないよ。だって私たち、まだ小学生だよ? 碌な権利なんて持っちゃいないんだから」

「……」


 彼女の言う通りだった。私たちはまだ小学生。守られる側の人間だ。

 でも、だからといって大人たちに都合よく利用されたままでいいのだろうか。未来ちゃんはこんな惨めに死ななくてはいけないのだろうか。


「でもね、一つだけ方法があるんだ。私たち子供でも、世間の関心を惹きつけることができる方法が」

「それは何!?」

「言わずとも、あなたならその答えに辿り着けると思うよ。私たちの年齢にしかできないことだよ」

「そんなものがあるの……?」

「私たちは世間に訴えることのできる力を持っていない。だから、今自分が持っている権利を存分に活用すればいいんだよ。子どもが大人よりも自由なものを使ってね」


 未来ちゃんは歪んだ笑みを見せた。

 その笑顔が、私に答えを思いつかせてくれた。


「というわけで、私はもうすぐ死ぬんだ。小さい頃からいい学校に入れって言われて、そこで成績を残したら天才ってもてはやされて、それで今こんな目に合っている。ああ、天才になんてならなければよかったな。私がもう少しバカだったら、今頃外で元気に遊んでいたんだろうに。私がもう少し冷酷だったら、志穂ちゃんを見捨てて自分は生きることができたのに」


 彼女は自嘲気味に呟く。


「……」

「だからさ、志穂ちゃん。あなたには私の分も自由に生きてほしい。あなたは真の天才なんだから、周りに影響されずに自分のやりたいことをやってほしいんだ」


 力のない笑顔で私にエールを送る未来ちゃん。その笑顔を見たときから、私の決意は決まっていた。


「……わかったよ。私は自分が生きたいように生きる。だから、安心して休んでいてね、未来ちゃん」

「うん。じゃあ元気でね」


 それが彼女と最後に交わした言葉だった。

 数日後、彼女が亡くなったことが告げられた。原因は心臓病ということになったらしい。

 この病気が嘘だということを知っているのは私だけだ。つまり、加藤の闇を訴えることができるのも、私だけなのだ。

 しかし私はまだ小学生。そんな私が何を言おうとも周りは受け入れてくれないだろう。だがある方法を使えば、周りは私の話を聞かざるを得ないようになる。その方法とは何か、言わなくてもわかるよね?

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