犯人特定
「犯人がどうやって殺害したのかはわかった。しかし問題の犯人は……?」
ここまで式の推理を聞いていた園田が尋ねる。確かに犯行が特定できようとも、犯人が特定できなければ意味がない。
「殺害方法だけだと誰にでもできそうだよね。ここから犯人を特定することはできるの?」
「もちろん、犯人もわかっている」
再び式は断言した。
「今回の殺人の鍵となっているのは鉄鉱石だ。皆に聞きたいんだけど、犯人はこの鉄鉱石をどうやって運んだんだろう」
「どうやってって、ふつうに持ち上げたんじゃないの?」
「鉄鉱石のまま剥き出しに持ち歩けば、流石にその様子を誰かが見たときに不審がられる。そこから犯人が特定されてしまう可能性だって考えられるよね」
「あ、そっか」
春崎が納得する。
「ではどうやって運んだのか。答えは簡単だ。容器に入れて持ち運べば、誰からも怪しまれることもない」
「容器ですか。持ち運びの時に使われた容器とは?」
「皆も知っているものだよ。特に小学生なら尚更ね」
「え?」
小学生なら誰でも知っているものとは?
「そう、答えはランドセルだ。あれくらいの大きさなら、鉄鉱石も充分に持ち運べるし、力のない小学生でも体全体を使って支えることができるから重くて持てないという問題も解決できる」
「ということは、犯人は小学生なのですか?」
「じゃあ空ちゃんか志穂ちゃんのどっちかが……!?」
春崎がそう発言した途端、全員の視線が二人に集まる。
「その通り。そもそも考えてみてほしい。今回の殺人を起こした犯人が大人なら、こんな風に殺す必要はなかったんだ」
「どういうことですか?」
「こんな手の込んだトリックを仕掛けるよりも、単純に殺せばいいってこと。例えば加藤先生なら用を足し終えた後に個室から出てきたところをナイフで刺したり鈍器で殴ったりすればいいし、佐野さんに至っては泥酔状態だ。殺すことなんて簡単にできるだろう」
「た、確かに……」
「ではなぜ犯人はトリックなんかを使ったのか。答えは簡単、ふつうに殺せなかったんだ。体格や力が小さい小学生だからね。ナイフで刺しても命まで届かない可能性だってあるし、鈍器で殴ろうにもそれを持ち上げることはできても振り回すことはできないかもしれない」
以上の理由から、犯人は力のない小学生が行ったものである、と式は補足する。
「それで、犯人は小学生二人のどちらなんだ?」
「……加藤先生と佐野さんを殺した犯人は、君だよ」
式はゆっくりと歩き出し、少女の前に立ち止まる。
「そうだよね、三上志穂ちゃん」
犯人として指名された川上志穂は、尚も取り乱す様子はなかった。
「し、志穂ちゃんが犯人……!?」
「こんな少女が、大人二人を殺したというのか!?」
春崎と園田は驚愕の表情を浮かべている。
「……何で私が殺したことになるの、お兄さん」
志穂は静かに反論する。
「じゃあ聞くけど、何で君の机だけやけに重かったの?」
その言葉に志穂が反応した。
「どういうこと?」
「昨日俺と榊さんと春崎さんで放課後に掃除を行ったよね。そのときに俺が机を持ち上げようとしたら、重いって言ったことを覚えてる?」
「確かに、そんなことを言ってましたね。しかしそれと何か関係があるのですか?」
机が重かったことと、志穂が犯人である理由とは。
「俺の推理では、犯人はランドセルに鉄鉱石を入れて持ち歩いたということになる。しかしそこで思わぬアクシデントが起きたんだ」
「アクシデント?」
「鉄鉱石をランドセルに入れると、教科書やノートが入らなくなっちゃったんだよ」
「あっ、そういうことか!」
式が何を言いたいのか、水元空はわかったようだ。
「気づいたかな? このままだと教科書やノートを持ち運ぶことが出来なくなる。ではどうするか。彼女は自分の机の中にそれらを入れることを選択した。いわゆる置き勉ってやつだね」
つまり、あの時机が重かったのは志穂が教科書やノートを机の引き出しに入れていたからなのだ。
「あの時は俺の筋力が弱かったのか、なんて言われてたけど、さっき適当な机を持ってみたら軽々と持ち上がったよ。それで机には何かが入っていたことがはっきりした」
「……」
志穂は黙っている。
「君の計算ミスは、机の中に教科書類を入れてしまったことだ。ロッカーに入れておけば、俺が気づくこともなかっただろう。とはいっても、そもそも放課後に掃除をすることは普段はなかったから、君も油断していたんだろうね。春崎さんの提案が、君の計算を狂わせてしまった」
「じゃあ私、結構功労者なんじゃ……」
「まあ、地味にね」
褒めているのかそうでないのか曖昧な言葉だ。
「……証拠はあるの、お兄さん」
これまで黙っていた志穂が口を開ける。
「証拠、ね。それは君自身が一番わかっているんじゃないかな」
「どういう意味?」
「さっきも言ったけど、今回の殺人の鍵となっているのは鉄鉱石だ。犯人はこれを使って殺害したんだけど、じゃあこの石はどこにあるんだろうね」
「もうすでに処分してしまったのでは?」
「それはどうでしょうか。中庭で鉄鉱石を見ましたが、結構な大きさだ。処分しようにも目立ちすぎる。犯人も中々処分できなくて困っていたと思いますよ」
式は志穂を見ながら話す。
「だから、すぐには処分できなかった。少なくとも、事件が沈静化するまではね。だからそれまでは自分の家に保管しておくことにしたんです」
「本当にそう思うの?」
「ねえ志穂ちゃん。これなんだと思う?」
式が取り出したのは、血痕が付着した鉄鉱石だった。
「!!」
「ここに来る前に君の家に行ったんだ。お家の方には事情を説明したら簡単に入れてくれたよ。調べてみたら、家の庭に埋められたのを見つけたんだ」
「……そっか。それを見つけられたのなら、もう言うことはないかな」
志穂はすっきりしたような表情になって言った。




