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第一の殺人 解明

 式が学校の職員用トイレに着いた頃には、既に役者は揃っていた。



「すみません、遅れました」

「いや、構わない。それよりも、犯人がわかったらしいが」


 園田が尋ねる。


「はい。犯人だけじゃなく、二人の被害者の殺害方法もわかりました」


 式の言葉に、周囲がざわつく。


「やはり、二つの事件は関連性があったんですね」

「うん。犯人の動機はわからないけど、同じ犯人が殺害したはずだ」

「じゃあ、君の推理を聞こうか」


 園田の言葉を聞いて、式は自身の推理を話し始めた。


「ではまず、第一の殺人から話します。始めに死体が置かれていた状況を振り返ってみましょう」

「加藤先生の遺体は、職員用のトイレの入り口にありましたね。それだけではなく、遺体がずぶ濡れになっていました。遺体が倒れていた方向から察するに、加藤先生はトイレから出ようとして殺されたのではないかと思いますが」


 榊が自身の推理を述べる。


「俺も榊さんに同感だ。加藤先生はトイレから出ようとしたところを殺された。問題は、その殺した方法なんだ」

「どうやって殺したの?」


 春崎が尋ねる。


「トイレの入り口には所々に糸切れがあった。これは犯行に使用されたものだったんだ」

「その糸切れにどんな意味があるの?」


 三上志穂が疑問を含んだ目で見つめる。


「犯人は、トイレの入口にトラップを仕掛けたんだ」

「トラップ?」

「そう。そのトラップに引っかかることで、上から石が落ちてくるようになるんだよ」

「……詳しく聞かせてもらおうか」


 園田が説明を求める。


「まず、トイレの入り口の側面と外側にあるドアストッパーを糸で結びます。こうやって結ぶとほら、トイレの入り口に糸で作られたトラップが出来るでしょう」

「確かに、これなら歩けば引っかかりそうですね」

「もちろんこれだけじゃ何の意味もない。次にドアストッパーに巻き付けた糸を上にやり、ドアの内側にあるドアクローザーに引っ掛ける。そして糸の先端にあるものを巻き付けて完成だ」

「あるものとは?」

「磁石だよ」


 式はポケットから磁石を取り出す。


「磁石を巻き付けたの? 何のために」

「あるものを吊るすためさ」

「……なるほど、中庭にある鉄鉱石ですか」


 榊が回答する。


「その通り。犯人はトイレの入り口の上に磁石で固定した鉄鉱石を吊るしたのさ」

「そんなトラップを仕掛けてたんですね……」


 水元空が感心する。


「トラップの仕組みは、トイレの入り口の下に仕掛けた糸を踏むことで、上に吊るした磁石が引っ張られて磁力による固定を失い、吊るされていた鉄鉱石が加藤先生の頭に落ちてくる、というものになっている」

「なるほど。理屈ではあってそうですが、しかしそう簡単に引っかかるものですか?」

「確かに、そもそもそんなトラップが仕掛けられていたら気づきそうな気がするがね」


 榊と多田が式の推理に反論する。


「トイレから出るときに怪しげに張られた糸があったら、それを踏むとは思えないんだが」

「皆の疑問は最もです。しかし犯人はあることをしてその問題を解決した」

「あることとは?」

「加藤先生をずぶ濡れにすることだよ」


 その式の言葉に、誰もが首をかしげた。


「それと死体が濡れていたことにどういう関係があるんだ?」

「犯人は実に巧妙な手口を使った。ある意味人間の心理をついたと言ってもいい」

「どういうことですか?」

「その答えについては、実際に犯人が行った手口を再現しながら説明しようと思う。皆、トイレの中に入りましょう」


 先導する式に続いて皆がトイレに入った。


「まず、加藤先生がトイレの個室に入ります。その様子を見た犯人は、トイレの入り口に素早く先ほど説明したトラップをセットする。そしてあるものを用意し、加藤先生が入った個室の隣の個室に入る」

「あるものとは何だ?」

「これです」


 式は掃除用具室にあるホースを取り出した。


「ホース?」

「そう。まあ見ててよ。次にこうやってホースを蛇口にセットし、トイレの個室に入って壁に耳を当てて様子を探る」

「何のために様子を探るのですか?」

「この一連の流れで重要なのはタイミングなんだ。犯人は加藤先生が用を足して下を履いたすぐ後に個室の上から水をかけたんだ」

「どうしてそのタイミングなの?」

「考えてみてほしい。例えば用を足している最中に上から水をかけられたとする。その後犯人が逃げるような足跡が聞こえても、その後を追おうとは思わないんじゃないかな」


 式がその場にいた皆に尋ねる。


「その理由は簡単だ。流石に下を丸出しにして外に出るわけにはいかないからね。とはいってもしっかり下を履いてから後を追おうとしても、既に見失っている可能性が高い」

「確かにな」

「しかし既に用を足し終えて下も履き終わった後なら話は別だ。その状態で上から水をかけられて、隣の個室から誰かが出ていく音を聞いたら、皆ならどうする?」

「なるほど、そういうことですか……」

「そう。その場合は個室の鍵を開けて外に出るだけだから、すぐに追いついて犯人を捕まれることができる可能性が高いんだ。仮に捕まえられなくても、後ろ姿を見ることはできるはず。そこから犯人を特定することもできるだろうしね。しかし犯人はそれを逆に利用した」


 説明を続ける式。


「こうすれば加藤先生は十中八九追ってくる。しかも上から水をかけられた後で犯人が特定できそうなんだ。頭に血が登って犯人の後を追うことで躍起になっているだろう。その状況が、トイレの入り口に仕掛けられたトラップの存在を気づかなくさせたんだ。いたずらっ子を叱ろうとして後を追ったら殺されてしまったんだろうね」

「なるほど、あの時言ってたことはそういうことだったんだね」


 春崎が納得した。


「第一の殺人をまとめてみよう。まず加藤先生がトイレに入っていく。犯人はその様子を見てトイレの入り口にトラップを仕掛け、掃除用具室からホースを取り出して蛇口にセットし、それを持って隣の個室に入る。次に加藤先生がトイレで用を足す様子を耳で探り、下を履く音が聞こえたら素早く蛇口を捻って水を出し、個室の上から水をかける。そしてわざとらしく足音を立てたり声を出したりして、自身の存在を印象付けながら逃げる。もちろんその時にトラップを踏まないように飛び越えて行ってね。その音や声を聞いた加藤先生はすでに用を足して下も履き終えた後だから、個室を出て犯人の後を追った。しかしそのときに上から水をかけられたことによる怒りで頭に血が上っていたために、トイレの入り口に仕掛けられたトラップの存在に気づかず、それを踏んでしまう。その行動によって入口の上に吊るされていた磁石が引っ張られ、鉄鉱石の固定を無くしてしまう。磁力を失った鉄鉱石はそのまま下に落下し、トイレから出ようとした加藤先生の頭に直撃した。これが一連の流れです」


 式が出した答えに、反論する者はいなかった。

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