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8:歯周病と爪楊枝と、酔っぱらい会議

「ババアババアって、あんたたち他に言葉知らないの? このクソジジイどもが」


 吐き捨てたわたしに、何をされたのか一瞬わからなかったらしいおっちゃんがキョトンとして、それから顔を真っ赤にして怒鳴りだした。


「誰がクソジジイだ!」

「あんたの他に誰がいるってのよ、わたしの倍は齢かぞえてそうなくせに」


 他のおっちゃんたちも、椅子から立ち上がりこちらを睨む。

 数人で囲まれると、さすがにわたしも腰が引けそうになったが、足は下がらない。だって痛いし。


「だいたいこんな昼間っから酒かっくらってセクハラなんて、人としてどうなのよ。

 あんまり顔近づけないでくれる、臭いのよそのアルコールと加齢臭と歯周病の混ざった息、今にも粘ついてスライムに変化しそう」

「ししゅ……?」


 あ、通じなかった。そりゃそうよね、歯ブラシないもんなあ……。ちなみにわたしはきれいに洗った枝をナイフで削って爪楊枝つまようじ自作したり刺繍用の糸のだめになった部分とかをもらって使ってる。歯磨き粉がものすごく恋しいと思う日が来るとか一ヶ月前まで思いもしなかった。


「まあそれもそうよね、ハタチ越えたらおばちゃんだ? どうせそれあんた、自分の娘より若いでしょ。それとも自分の子供そういう目で見てた? うっわ気持ちわる、ちょっとそれわたしどんびきー」

「バカヤロウ、俺の娘はお前よりずっとかわいいんだから当然だろ!」

「待てお前、そこはそういう返しするところじゃねえだろ……」


 ちょっと本気で引いた。

 わたしにお酒かけられたおっちゃんも、さすがに真横ですごいこと言われたせいか酔いが醒めたらしい。他のおっちゃんたちも、うわあ、って顔で親馬鹿――とも方向性が違うけど、ちょっと真面目に考えたくない――のおっちゃんを引き気味に見ている。


「そういやうちの娘が昔、お前のとこのヨっちゃんから親父が怖いって泣きつかれたーって言ってたけど、まさかお前」

「何もやってねえよまだ!?」

「まだ……まだ、って言ったか……」


 予想外の方向性に深刻さを増していく酔っぱらい会議に、わたしが何をコメントできるというのか誰か教えて欲しい。

 おっちゃんたちが「それはまずいだろ!」とか青い顔で盛り上がり始めたのを目にしてか、最初にわたしに声をかけたおっちゃんが、やれやれと言った風情で立ち上がった。


「一応言っておくが、今のはそっちの姉ちゃん、あんたがかなり悪い。

 あんたは酒をぶちまけただけだと思ってるかしらんが、そいつぁただの暴力だ」

「……じゃあ馬鹿にされても黙ってろっていうの」


 むっとして言い返すわたしを、おっちゃんは深くかぶった()()の広い帽子の奥から睨み返してきた。


「そのとおりだ。あんたは酒に溺れた馬鹿どもの言葉を聞き流し、心の中で罵声を浴びせてそれっきり、忘れておけばよかった。それが大人ってもんだ」

「じゃあわたし大人やめる」


 きっぱり言い放ったわたしに、おっちゃんはちょっと絶句したようだった。


「……何を無茶苦茶なこと言ってるんですか」


 ツッコミを入れてきたのはベル君だった。いつの間に戻ってきていたのか、額を押さえながら呻いている。おっちゃんたちは騎士らしく鎧をつけているベル君に、明らかに警戒を見せていた。


「何があったかはわかりませんが、彼女が何かやらかしたのはわかります。

 それでも、さすがに足を怪我した女性を数人がかりで囲むのはどうかと」


 頭からお酒をひっかぶったおっちゃんとわたしの手に残っていたからっぽの木杯を見比べて、ベル君はそんなことを言う。


「え、この状況で味方に立ってくれないなんて。わたしに忠誠と敬愛を誓ってくれたんじゃなかったの?」

「ええ、確かに僕は妹の命の恩人に対しそう誓いました。

 だからこそ、その方の行動が間違っていると思ったら正すべきではないかと思うんです」


 ひどーい。ベル君までわたしが間違ってるって言うの。

 ……そりゃ言うか。ちえっ。

 仕方ない、わたしだって28の大人だ。確かに無作法をしたのはわたしなのだから、素直に頭を下げるとしよう。


「さーせんっした」

「頬を膨らませてぶーたれながら目をそらして謝られても困るんだが……」


 水分に体が冷えたか、くしゃみをひとつしながらおっちゃんが唸る。心の狭い男だ。


「とはいえ、こっちだって確かに、昼間っから絡むような酒はよくなかったよ。

 嫌な思いをさせたな。特に父親のような年齢の男からってあたりで。そりゃ気持ちも悪かっただろう」


 ちらりちらりと、衝撃の告白をしたロリコン親父の方を気にしながらもおっちゃんはそう言って頭を下げてきた。……お会いしたこともないあちらの家の娘さんのことがどうしても気にかかるが、まあ、それはおっちゃんたちも同じようなので、わたしは気にしないことにする。


「仕事もなけりゃ飲むしか思いつかなくてな。

 オレなんかはそこの木賃宿の客を相手に飯作ってたんだが、殺しがあったって言う日からこっち、そうでなくても元から少ない客足がさらにぱったり、商売上がったりだ」


 近くの締め切られた店を示して頭を振ったおっちゃんを前に、わたしとベル君は顔を見合わせた。

 そういえばそうか、木賃宿の客は、イノリの宿と違って食事は自分で用意する――つまり、近場の飲食店を使うことも多いはずだ。


「さっきあの宿に入ったのも領主様だろ。まったく」


 なんだか随分と忌々しそうに、他のおっちゃんがそう呟く。

 酔ってはいても、さすがにロンゴイルさんには気がついていたということか。


「王様にとってめでたい日に無残な殺しがあったんだ。下手人を捕まえようとあの敗残卿が躍起になるのも、わからなくもないがな」

「むざん?」


 帽子のおっちゃんの、何か知っていそうな口ぶりにわたしは思わず聞き返した。

 おっちゃんはひとつ頷く。


「ああ、無残なもんだった。喉がズタズタに切り裂かれていてな」


 首を指で、横に何度もなぞるような仕草。

 苦しそうな顔をしたのは、その死体がしていた顔の再現だろうか。


「うえ……見たの?」

「当然だ、オレがあの宿の主だからな」


 帽子のおっちゃんは、事も無げにそう言った。

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