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7:熱湯風呂と現場保全と、飲み屋街

 現場を見たいとワガママを言ったわたしに、ロンゴイルさんは苦い顔をした。


「あまり女性にお見せするものではないと思うのですが」

「でもロンゴイルさん、あなたもあいつが死んだと思っていないでしょう?」

「僕もそう思います」


 イノリはもう仕事に戻っている。「天使様に出すお食事だからね、今日は腕によりをかけないと」とうきうきしていた。ちょっと楽しみ。今この部屋にいるのは、わたしとロンゴイルさん、そしてベル君の三人だ。


「第一、死体がもうないって言ってるのに木賃宿から人を追い出してるってことは、現場を保存してるってことでしょ、昨日今日の話でもないのに 。

 それってつまり、何か気になることがあるって事でしょ?」


 わたしがそう言うと、ロンゴイルさんは目を瞑って、それから立ち上がる。


「ベルデネモ。自分はこれから現場を見に行くが、ついてくるか?

 ――ノーマは、この部屋にいてください。ついてきてはいけませんよ」


 そう言って扉を開け放ち、出ていった。ベル君が慌てて立ち上がると、わたしに顔を寄せてきた。


「後ろからついてきてください。あれは、見ないふりをしておくという意味です」

「はあ!?」


 つまり押すなよ、絶対押すなよってことか。どこの熱湯風呂だ!


「急いでください、早く!」


 ベル君が「どうした?」と言うロンゴイルさんの声に、「すぐに!」と答えてから部屋を飛び出す。

 わたしは怪我してるっていうのに!

 捻った足をぶつけないようにぴょんぴょん飛び跳ねながら――それでも時々、うっかり普通にあるきかけて悶絶しつつ――わたしはふたりの後を追った。

 商店街に向かって戻るような道行き、そう長くない距離だが男二人と怪我人ひとり、距離はあっという間に開いていく。その度に、ロンゴイルさんは自然なふりで立ち止まっていた。


「ベルデネモ、生まれて間もない子というのは3日もあれば体調が大きく変わることもある。小ノーマの様子はどうだ」

「変わりありません――と言っていいのかどうか。妹が小さかった頃のことも覚えていませんし、あまり乳児に触れる機会がなくて」


 正面きって近付くわけにもいかず、なんだか尾行をしているような気分だ。あんぱんと牛乳が欲しくなる。もっともこんな足を引きずって飛び跳ねてドタバタした尾行、即座にバレそうなものだけれど、わざと尾行をさせているのだからもう……他の人から見たらコントの一場面にしか見えなさそうだ。

 この世界にコントとか、あるんだろうか。大道芸はあるって聞いたから、バラエティで見るようなコントは無くっても、お芝居とかの延長に似たようなものはあるのかもしれない。この町に人通りが少なくてよかった。わかりきった茶番でも指差して笑われるのは結構ツライ。

 しかし――こうして足元を気にしながら移動していると尚更気がつくことなのだが、この町は、ずいぶんと土が柔らかい。正確には土の質が柔らかいのではなくて、草が多くて踏みしめやすいのだ。田舎の風景の、あぜ道でも思い浮かべてみたら近いと思う。真ん中の人通りが多いあたりだけは茶色くて、端の方は草がいっぱいで、みたいな感じで。

 季節で言えば、もう秋の終わりのような気候なのにこれだけ草が生えているというのは、なんだか不思議な感じがする。

 片足で立ちながら草を見ていたら、バランスを崩しそうになった。地面に手をついてこらえる。


「クロシェアも、次はお前の番だと張り切っていたぞ」

「母上ですか……僕のことは放って置いてほしいんですけどね」


 心底うんざりした顔をしながら、ちらりと後方、わたしの方を気にするベルデネモ。問題ないと伝えるかわりに、小さく手を振った。

 だいたい15分くらい歩いただろうか。普通に歩けば10分もかからないだろう距離だというのに、そろそろ捻った足が痛くなってきていた。それくらいの距離で、ロンゴイルさんたちはちょっと細い路地に入り込む。

 その先を覗いて、わたしは思わず眉をしかめた。

 ここまででも結構寂れているなあと思っていたのに、やはり表通り、綺麗にしていた方らしい。閉店しているのか扉を閉じ、布を締めた店が多いが本来は飲み屋街のようで、それっぽい雰囲気の店が二、三軒ある。数を断言できないのは、アルコール臭を撒き散らし、木杯片手に干物のように伸びているおっちゃんたちが何人か、外に出されている椅子にいるからだ。座っている、とも表現しにくい酔っぱらいのおっちゃんたちが自由なせいで、店の境目というのが外側からではわからない。まだ昼だってのに!

 それもあって正面きって連れて行くとはいえなかったのかなあ、なんてことを思っていたら、おっちゃんがひとり、わたしに気がついた。


「ああ? 酒の追加ならまだ頼んでねえぞ」

「いえ……」


 通りがかっただけだから、と逃げようとしたけれど、酔っぱらいたちはそう簡単に逃がしてくれない。声が聞こえて目が覚めたらしい別のおっちゃんが、眠そうにな顔でこっちを見る。


「お? 見覚えのないねえちゃんやのぉ」

「ばか、これがねえちゃんって齢か。ばあちゃんの間違いだろ」

「違いねえ、ハタチすぎたらみなおばちゃんってか、がはは!」


 それに釣られるように、何人かがわたしの品定めを始めてしまった。

 逃げ出そうにも、足が痛んでつまづきそうになる。


「なんか足が短くないか」

「いやあ、こりゃあむしろ胴が長いんだろ」

「胸があんまりねえな」

「腰がふとい、の間違いじゃねえか」

「いやいやこういうのに限って脱いだら結構、むちむちーっとしてるもんだろ」

「頬が丸いもんなあ、確かに!」


 かちん、と来た。

 一番近くにいた、胴が長いとか言ってきたおっちゃんが手にしていた木杯を奪い取ると、そのままノータイムでおっちゃんの頭にぶちまけた。

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