6:馬車駅と十字傷と、天王寺
わたしの荷物は、そんな量があったわけではないけれどもう部屋に運んであった。
失礼、と言いながらロンゴイルさんが室内に入ると椅子を引いた。
「ウィノリ、その件についてもう一度話をしてもらいたいのだが、良いだろうか」
「ええ? 話って、あの商人の話?」
少しうろたえたイノリが、わたしの顔とロンゴイルさんの顔をおろおろと見比べる。
「おねがいします」
「……あまり、気分の良い話じゃないかもしれないよ」
わたしは頷く。
――さすがに、推測はつく。イノリがわたしに聞かせたくなさそうだった理由も。
わたしには本来、何の縁もない話だ。たとえ本当に殺されたのがケイジ(仮)だったとしても、だからどうしたと言って耳をふさいでも許される。
だけど、だ。
「……殺された人が、わたしの知っている人かもしれないと聞いています。
あの人が、そう簡単に死ぬとは思えないんです」
それは紛れもなく本心。
言葉だけ聞けば、知り合いの心配にも聞こえるだろうけれど、実際のところは本当に『あいつが殺されただって? そんな馬鹿な!』みたいな気分なのである。
考えても見て欲しい。わたしを人質に取った時、あいつも武器は持っていたけれど、鞭とかナイフはどう考えても剣より不利だろう。それなのに剣を手にした男ふたりがかりでとっ捕まえようとするのを、人質は途中で手放したとはいえ結局のところ逃げ切っている男が、だ。ただの物盗りに殺されたりするものだろうか?
もちろん、この宿に着く前、ロンゴイルさんにあいつが死んだらしいと聞かされた時も、わたしは同じことを思ったし、すぐさまそう口にした。だが、ロンゴイルさんはその時は口を引き結んでいたのだ。
「自分も、その死体を見ていない。
生前の顔を見たと言った者は君しかいないのだ、ウィノリ」
イノリは真面目な顔で、部屋の扉を締める。わたしは、椅子が占領されてしまっているので、寝台の上に腰を掛けた。うっわなにこれちゃんと柔らかい。適当な端切れ包んだ布袋じゃないぞこれわりとまじめに布団っぽい! 思わず感激しそうになって、いや、今はそういう場合じゃない、と頭を振って気を取り直しイノリの顔を見た。
「死体が見つかったのは、お披露目の翌日。だからあたしは直接、その死体は見てない。
だけど、その物盗りに殺された商人の服は見せてもらったんだよ。あたしも女将の仕事をして長いからね、人の顔や格好を覚えるのは得意なほうなんだ」
確かに、イノリは一度しか見ていないだろうわたしの顔を覚えていた。
もっともあのお披露目の場で、わたしはかなり注目されていたはずだから、はっきりすぐに思い出せなかったとしても「どこかで見たような」くらいの人は結構いそうだけれど……。いやまあ、今はそれは置いといて、イノリの話を聞くことに集中しよう。
「あの服を着た男とは、途中の馬車駅で会ったんだ」
意味がよくわからず、わたしはとりあえずロンゴイルさんの顔を見た。
真剣な顔で考え込むロンゴイルさんにはまるで気がついてもらえなかったので、ちょっとしょんぼりしておくことにする。むしろ、わたしの様子にイノリの方が意味が伝わってないことを理解してくれたようだ。
「ああ、ここからあの神殿のある町まで、馬車だと丸一日かかるからね。
辻馬車で行き来するには、ちょいと面倒があるだろ。だからここから馬車駅までを往復する馬車と、馬車駅から神殿の町まで往復する馬車とがあるのさ」
なるほど、いわゆるターミナル駅みたいな場所なわけか。どうでもいいことだが、日本で一番高いビルが大阪のターミナル駅である天王寺駅あたりにあるのだが、その天王寺という名前は四天王寺に由来するのであって天王寺という寺はなかったりする。雑学。別にわたしが天王寺という寺を探してうろついたことがあるとかいうわけではない。ないったらない。一度しかない。
「馬車駅で、あたしが乗ってきた馬車に乗るって言ってたからね、顔を見ていたのさ。
だって行商ってのは基本的に旅人だもの。あたしが町に帰ってきたらお客さんで泊まってる可能性もあるだろ」
その理屈はわからなくもない。
そして実際、この町で、そのひとは宿を取っていたわけだ。イノリの宿じゃなかったけれど。
「額にね、血が滲んだ布を巻いていたんだ。あたしは、巻き直すのを手伝うよって声をかけた。
ふざけていて切ったんだって笑ってたけどね。包帯の下にばってんの形の、真新しい切り傷があったから、尚更印象的でねえ」
ばってんの。
わたしはロンゴイルさんの顔を、今度は気が付きやすいように体ごと見た。
ロンゴイルさんも、今度は気がついてくれてしっかりと頷き返してくる。
しみじみと思い返していたイノリは、眉をさげて申し訳無さそうな顔をしていた。
「やっぱり、知ってる人なのかい?」
『たぶん、そうだと思う』
同時期に、ケイジ(仮)以外に額に十字傷を作ったやつがいないとは限らない。
だけど、イノリが軽く真似た口調はやっぱり何かを諦めた藤原啓治のような喋り方で、そのふたつが重なっているのを無視するのはたぶん、悪手だ。
ロンゴイルさんはふたたび、何かを考えるような顔をして腕を組む。
「それはまた……ご愁傷様だったねえ、あたしも祈らせてもらうよ」
イノリはそう言って、手を組み目を閉じた。
――どうしても腑に落ちない。そんな簡単に殺されるようなタマか?
いや、そりゃあいつのこと、わたしだって詳しく知ってるわけじゃないけどさ。




