3:訓練場と説明回と、マラソン選手
タイトル通り、説明回です……!
陸上の、競技場。
まさにそんな雰囲気の、広い場所だった。ただし、広さはかなりのものがある。オリンピックでも問題なくやっていけそうだ。鶴舞公園とは比にならない。いきなりやったろみゃーかってのはまあ申し訳ないけれどネタなわけで。
「ここって一体……?」
「訓練場ではあるのですが、実際に観戦することもできるようになっているんです」
ロンゴイルさんは少し自慢げだった。
「観戦……ね……」
確かに、これならよく見えるだろう。
わたしたちが入ってきた場所はゲートのようになっている。真横にあった階段に足をかけてみると、ぎし、と軋む音がしたが問題はなさそうだ。
陸上の競技場、と足を踏み入れた時は思ったが、内側から見渡せば印象はもう一つ変わる。
これはむしろ、あれだ。スペインの、闘牛場。少し高めの囲いがあって、それの上に階段状の座席があるのが見える。その全てが、当然といえば当然だが木で作られていた。
「ここは訓練場で……でも、来る時に見た広いとこには何もなくて……まさか」
なんとなく、どうして『森が消えた』のかわかった気がして、おそるおそる訪ねてみる。
「争いがあるたびにこれを作ってた……とか?」
「ええ。終わる時には、健闘を讃えて燃やします」
あっさりと頷かれてしまった。
なんて不合理!
争いがだいぶ儀礼的なのだとは聞いていたけれど、こんな形で観戦するとか、それは戦争というよりも……いや、ううん……歴史上で思えば、そういう戦争もなくはなかったのかもしれない。この世界じゃ今のところ、火薬で殺傷するようなものは見かけていないのだし。火薬よりもある意味こわい魔法はあるけれど、たぶんいろいろと決まりごとがあるのだろう。
座席の方に登ってみていると、訓練場に着くなりどこかに行ったりとごそごそしていたベル君が、テニスのネットのようなものを設置しているのがよく見えた。ただし、網の材質も木だ。だったら柵じゃないのかと思うかもしれないが、高さとかその配置とかは確実に『網』だ。今は適当に網柵と呼ぶことにする。
網柵を設置し終えたらしいベル君が「団長!」と声を上げた。
それを受けて、ロンゴイルさんが手を挙げる。
「ノーマ、そこから見えますね?」
『はい!』
思わず喉に手を当てる。
――我ながら、びっくりした。
今の返事はわたしが自分でしたものではなく、いつもの自動返答だ。少し遠くにいる人に声をかけるには、その分だけ大きな声をあげなければならないわけだが、今のはそれに充分な音量が出ていた。そのくせ喉はまったく痛くない。窒息させられていても声が出たことがあったし、肺から出した空気で声帯を震わせる、のとは違う方法で発声しているのだろうとはわかっていたけれど。どうなってるんだろうホントこれ。
こっちの動揺に気がつくはずもなく、ロンゴイルさんとベル君は長い木の棒をそれぞれに持ち出した。
今度はベル君が、こっちに向けて声を張り上げる。
「今は馬がいないので、おおまかなことだけやります!」
何をするというんだろう。
座席に座ろうかとも思ったが、木の座面には少し苔が見える。ハンカチを敷くほど乙女でもないので、立ったまま見ていることにした。
網柵を挟んで、ロンゴイルさんとベル君が向かい合う形になっている。
そして、ふたりはそのまま端と端に移動した。
――あ、これってもしかして。
「こういう形で、相対する者同士が柵の前後、その端で待機し、合図を待ちます」
かかれ! と。合図の例だろう。覇気こそないものの張りのある声をあげ、ロンゴイルさんが槍代わりなのだろう木の棒を抱えあげる。ベル君も同様だ。
そのまま、ふたりは網柵の端から相手に向かって走りだす。
そして棒で相手を突こうとし――真面目にやっているのはわかるが、ちょっとマヌケな絵面なのは否定しきれない――ベル君の持った棒はロンゴイルさんの肩をかすめ、一方ロンゴイルさんの持っていた棒はベル君の胸、板金と鎖の鎧の板金部分を突いていた。そのままベル君はごろんと後ろ向きに転がる。
「――概ね、こんな雰囲気でしょうか。これを、馬に乗った状態で行うのです」
わざと、だろう。棒で突き飛ばし、網柵越しにベル君の側を行き過ぎる形で通り過ぎたロンゴイルさんが網柵の端を振り返りながら、そう説明してくれた。
間違いない、これは馬上槍試合ってやつだ。その中の一種の、一騎打ち。
大げさに転がっていたベル君が足を振り上げ、反動をつけて立ちあがると、板金の上から突かれた部分をさすりつつ顔をしかめる。
「ベル君、大丈夫ー?」
「大丈夫ですよ、これくらい」
返事をしたのがベル君ではなくロンゴイルさんなあたりで、体育会系の臭いがする。
すぐにベル君も「平気です」と言ってきたので、まるでそういうあたりに縁のないわたしは口を噤んだ。
「前夜祭として、名のある者どうしが。当日は新人が、これを行います。
その後は集団戦になり、日が暮れるか、大勢が決するかまでの間で争うのですよ」
集団戦は、それこそ本物の馬も使った運動会の騎馬戦、みたいなもののはずだ。
そして3年前の争いで、ロンゴイルさんは『敗残卿』と呼ばれるほどの大敗を喫した、わけか。
「じゃあロンゴイルさんは3年前に、一騎打ちで負けたということなの?」
「いえ、自分はこれで負けたことなどありません」
ムッとするでもなく、朗らかに言い返してくるあたり、それは誇りですらないただの事実なのだろう。それこそオリンピックのマラソン選手が、沿道で走るおちゃらけさんの全速力と同じ速度で走りながら普通の顔で悠々と追い抜いていくように。
ただ、その横のベル君が暗い顔で俯いたのが気にかかった。




