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幕間(※ギャグなしシリアス、主人公不在、三人称)

 神殿に女を、無事送り届けたという報告が届いた。

 王は、わかった、とだけ答えるとその館の執事を下がらせた。


「天使、か。まさかこうも早く見つかるとは思っていなかったけれど。

 あっちの、魔女のこともある。どうするんだい、ロンゴイル卿」


 不自然なくらいに砕けた口調の王に対し、ロンゴイルは硬い口調を崩さない。


「どうするも、今まで通りです。精霊人を探すということは、自分のただの、目標のひとつですから」

「ふたりだけの時くらい、昔のように話してくれてもいいじゃないか、兄さん」


 兄、と呼ばれてもロンゴイルは眉ひとつ動かさない。


「庶子を兄と呼ぶべきではありますまい、王よ」

「……それもそうだね。ボクがなかなか子供に恵まれないのはそういう、子供を望めない体質なんじゃないかって、兄さんに子供を作らせて跡継ぎにしようって動きがあるのは、知ってるよ。マリアさんが庶民の娘だからって暗殺された疑いがあるくらい、耳に入ったこともある」


 その言葉には、さすがに一度だけ顔をしかめ、ロンゴイルは冷静に答える。


「しかし、リーンとの間には子を成された。

 それとも王は、あの娘が不貞を働いたと疑っておられるのか」

「まさか。あの子は善を絵に描いたような娘だ。不貞には彼女自身が耐えられないよ」


 軽く肩をすくめて、王は「ボクにも子供がつくれたということだ」と付け足す。


「……マリアさんが、精霊人だとは世間に知られていなかった。

 もしそうと知られていたら、あの時マリアさんのお腹にいた子は、不出来なボクと違って将来有望な王子とされたかもしれないね」

「娘でした。ですから、それはありえません」

「それが結果論だって、わかって言ってるね、兄さん」


 まるで何の毒も知らないかのように、王は笑う。


「ボクも早く、正式な王として認められたいものだね」

「王はすでに王として、即位されているではありませんか」

「兄さんがそれを言うのかい?」


 笑う。

 無邪気イノセントとは、このような様を言うのだとばかりに。


「エヴォヌート。黒い木の祭壇。その名を父さんからもらったのは、兄さんなのに」


 この国の玉座は、あまりにも大きな黒木をくり抜き装飾したものだった。

 尤も素材の殆どを覆う飾りのせいで、そのことを知るものは限られている。

 だが――重臣たちに、それを知らぬものはおるまい。

 ならば。たとえそれが貴族どころか村の娘でさえない、捕虜奴隷として働かせた掃除職の女の息子であったとしても、その名を与えた王が何を考えていたのかは、すぐに推し量れようというものだった。

 賜姓し、臣籍降下された男であっても、王位継承の権利が消えるわけではない。

 そのような立場の男が領地の女を娶ったとしても、その女が精霊人、天使、魔女――いずれかはともかくとして、一代限りであれ賓客として扱われるべき者であったなら、その子は王族にも等しいと扱われることだろう。

 今上の王を慕うものからすれば、王に確かな子ができない限り、そのような存在は生まれることすら厄介だろう。逆説――先王を慕うものから見れば、その子は先王が真に次代にと願ったものの直系となる。

 そして、未だ若いこの王を、認めないとする重臣は、それなりの数にのぼる。


「あの新しい天使は、まだ自分の身を守れそうにもない。

 ――今度こそ、死なせないですむといいね、兄さん」


 そう言って、王は貴重な硝子を使った瓶に入れた酒を、木の杯に注ぐ。

 王の兄――エヴォヌート・ロンゴイルは、弟の手ずから注がれた酒を、一息に飲み干した。



 ***



「あんた、行商かい?」

「ああ、王様に子供が生まれそうだって聞いてねェ。王子だったらこりゃ商機と思ってね」

「そいつぁ残念だったなあ、王の子は娘だったそうだよ」

「ムスメ。そりゃあ急がにゃ、披露目の祭りに間にあうといいんだが」

「それも残念ながら、今日だったって話だよ。あんた、無駄足だったなあ」


 旅人が行き交う街道の安宿で、退屈そうな男が同室に割り当てられた商人風の男に話しかける。

 行商の男は額をおさえて、あっちゃー、と唸った。


「前の王様が亡くなってはや幾年いくとせ、久しぶりに大きな商売ができるって思ったんだがねェ」

「ここしばらくは大きな争いの話もない。商人には厳しい日が続くな」

「おっと、商人の皆が皆、武具を扱ってるってわけじゃねぇんですぜ」

「へえ。じゃあんたは、何を扱ってるんだ? 見せてくれよ」

「こすい細工モノばかりでさ」


 謙遜混じりに商人が並べていくのは、言うとおり、細工の施された小物が多い。

 首飾りや耳飾りなどの、装飾品が多いだろうか。どれも手間のかかったものばかりで、結わえた髪に刺すかんざしも、揺れる飾りが美しい。


「へえ、いいじゃないか。女房の土産にひとつ、買わせてくれよ」

「あいよ、どれがいいかね」


 物色する男に、商人がひとつひとつ値をこたえていく。ふむふむ、と真剣に聞いていた男が、おや、と声を上げる。


「これは隣国の細工じゃないか?」

「ありゃ、そうなのかい。あの負け戦のすぐあとに、行き倒れていた女から買い取ったものでねェ」

「自分で仕入れたものじゃないのか」

「ほとんどは工房から仕入れてるんだが、まあいくつかはねェ。モノは使われてなんぼってね」


 その首飾りを手にとってしげしげと見つめ、男は怪訝そうな顔をした。


「随分と手の込んだ細工だ。その行き倒れはよほど良いとこのお嬢さんだったのか」

「さあ、金を渡したあとのことはちぃとも。腹をすかせたガキも連れてたから、すぐどっかいっちまった」

「なるほどなあ」


 男は首飾りの値段を聞くと、その高額に顔をしかめる。別の簪にも手を伸ばし、そちらは手頃な値と知ると顔をしかめた。


「女房の髪がどれくらいあるかだ。短く切っちまってたら、使いみちがない」

「髪を痛めたのどうだのと、騒いでるのは見かけまさぁな。一日そこらで伸びりゃ良いのに」

「そうなると毎日、ヒゲの他にも髪を手入れするのが面倒そうだ」


 男は笑いながら、懐に手を伸ばすと金を入れた袋を出した。


「ところで、先の細工の話で思い出したが。隣国はどうなってるか、知ってるか?」

「いいやぁさっぱりでさ」


 行商の男は肩をすくめる。簪を買おうとしていた男は首飾りを手にするとニヤリと目を細めた。


「もしこいつを少し安くしてくれるというなら、隣国の話、知っていることを教えてやらなくもないぞ」

「へええ、何かあったんで?」

「そりゃあもう。だが、その先はこれの値段次第だな」

「ううん……じゃあ、これくらいで」

「もう一声だな」

「これっくらいなら」

「それじゃあ教えられることはないな」


 簪の値段だけを支払おうとした男に、商人は根負けしたように声を上げる。


「ああ、わかった、これなら文句もないだろ!」

「ほう、そこまで行くか。最初からその値でも良かったんじゃないか?」


 にいと笑う男に、商人は苦い顔をする。


「そんなことねェんでさ。買った時より安いくらいで」

「それでも隣国の話が聞きたいと?」

「ま、そういうことで。商人には情報は生命線ってねェ」

「王の子の話も逃しておいてかい?」

「そこはそれ、言いっこなしってことで」


 で、と商人は男に話を促す。

 男は声を潜めると、口の横に手を置いた。


「隣国は、クーデターに失敗したらしい」

「なんですって」

「シッ。大きな声を出してはいかん」


 驚いた顔の商人を窘めて、男は続ける。


「正確には、王を殺した国家転覆は確かに成功した。それはこっちにも伝わってる。

 だがそれを率いた将軍が、齢もあって、耄碌しだしたとかで。

 もともとは王の圧政を受けた反乱だったらしい、ってのもあまり伝わっていないだろ」

「そんな話があったんですかい」

「ああ、だが独裁のあとに独裁が続いて、もう隣国の民はうんざりしているらしくてな。

 それで別の新しい勢力が、さらなる転覆を狙っていると。そういうことらしい」


 はあー、と相槌をうった商人だが、眉をひそめて疑問を口にする。


「しかし、旦那さん、どうしてそんな話を知ってらっしゃるんで?」

「ああ、実はその新勢力が、だな。殺された王の、子を探しているんだそうだ。

 そして、その王子は例の、敗残卿の争い、あのときの騒動に紛れてこの国に逃げた、と」

「へええ……じゃあもしかしたら、この首飾りもその王子のだったりして」

「もしもそうなら、夢が」


 ぶすり、と濡れた音がして言葉が途切れた。男は自分の首から、その音を聞いた。


「…………!」

「ああ、無理なことはしないことで。そこには空気を通す穴があるんでさァ」


 急速に四肢から力が抜けていくのを感じながら、男は首に刺さったものを引っこ抜く。

 それはさっき買おうとしていた、簪だった。


「いや、旦那、よく御存知で。全部その通り。そこまで知ってちゃ生かしておけねえ」


 商人はそう言いながら、男の服を手早く脱がしにかかる。

 男は抵抗しようにも、既に手の指ひとつ動かない。


「その簪は、こう見えて暗器でね。気が付かなかったでしょう、真ん中に溝がある。相手の体ん中に突っ込んで飾りの奥を押し込めば、中に仕込んだ毒がまわるって寸法でさ。本来は非力な女が暗殺に使うものでね、寝こけた男の尻に突っ込んでってのが多いんだったか。ああ、声も出ないだろうけど、安心しな、あと心臓が200打つくらいのことだ。人間、面白いもんでねえ。麻痺ってのは、体にまわると呼吸もできない。舌も動かないから、あんた、死ぬまでのあいだ死ぬほど苦しいけど、手足が動かなきゃ暴れもできないから、まあ、諦めるこった」


 ぺらりぺらりと、商人のクチはよく回る。


わりぃけど、その毒はこっちの国じゃあまり知られてない魚の毒を元にしたものでね。運が良けりゃ丸一日で生き返ることもあるそうだ。ああ、あんたが気を失ったあとにちゃんと体中刺しておくから、それには期待しねえでくれよ」


 ぷくーってな、膨れる魚なんだよ。そんな事を言いながら、商人は男の服を検分する。男は息苦しい中で、別の服を着せられるのを理解した。さっきまで、商人が着ていた服だった。


「ここで素性不明の商人が強盗にあって、殺されたことになる。

 旦那が犯人だってなるだろうけど、その頃にはもうこの服もどこか適当に始末したあと。

 商人が強盗にあって、商品がその場にないのは不自然なことじゃない。完璧だよな?」


 そういって、さっきまで商人だった男は、商人の服を着せられた男を見る。


「あー、もう聞こえてねえな、こりゃ。そんじゃ、さよならだ、旦那。

 隣国の間諜に隣国の話ふった自分の、馬鹿さ加減を憐れむこった、な……と」 


 どっから情報漏れてんだかなあ、と呟いて、動かなくなった男の体に深々と突き立てたソードブレイカーを引き抜く。けだるげに前髪をあげた、この部屋でただ一人生きている男の額には、まだ新しい傷がXの形に刻まれていた。


「このまま仕事の成果なしじゃ、こっちの身も危なくってかなわねェ。

 あの変な女が、多分お告げの女だろうし。あれを手土産にできなかったのは痛いねぇ」


 あくびを一つして、広げていた装飾品をひとつひとつ磨き上げて、丁寧にしまい込む。商品は大事なのだ。簪は暗器としては一度しか使えないものなので、気にしない。男の首の傷は切り裂いて隠したから、握りしめた簪の先に血がついているのを見ても、反撃しようとしたが力及ばず賊に傷を付けたにとどまった、と思うのが普通だろう。


「しかし、やっぱ王子の首飾り(くびわ)は餌としちゃ立派すぎたかねえ。

 王子サマ、旧王派に見つかる前にどっかでおっんでてくれてると助かるんだが」


 新勢力とやらの正式名称を呟くと、男は安宿の小さな窓から蓋を外してするりと抜け出した。

 辺境領主であるロンゴイル卿のもとに、強盗による殺人の話が届くのは、翌日のことであった。

事件が解決し、新しい事件が始まる。ここで一章は終了、二章開始となります。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

なんだかんだで、普通の文庫本2冊分の文字数になってしまっておりますが……。


よかったら、今後とも応援、よろしくお願い致します。

一週間お休みをいただき、次回は17日の深夜、18日になったころから再開予定です。

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