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85:王の宣言と、確認作業、あと発声練習

「ノーマさん、お久しぶりです!」

「もう大丈夫なの?」


 壇上に上がるなり、リーンに抱きつかれた。


「はい、もうすっかり!」

「そっか……本当に良かった」


 わたしの目からすれば子供が赤ん坊を抱えている状態なわけで、バランスを崩したようにも見えて不安になるけれど、リーンはまるでお構いなしだ。笑顔を浮かべて嬉しそうにしがみつくさまは、母娘おやこで似ているもののようで、仕方ないなあって気持ちで背中を軽く叩いてやる。

 切り傷の治療なら即日完了の魔法があるおかげで、毎日のようにお腹を切っては膿を出すという超荒療治はものすごく功を奏したらしい。日本でも開腹手術した人がその日数で歩き回るのは厳しいだろってくらいの日数しか経過していないのだが、いまや顔色は、あの高熱にうなされていた少女のものとは思えないくらい明るく、健康的だ。

 慣れた環境で養生できたことも、精神的に良かったのかもしれない。容態が危険な状態を脱してすぐに、彼女の母親(クロシェア)が実家に引き取ったとかで、わたしは見舞いに行くこともできなかった。まあ、その判断もわかる。目の前で異国のスパイが大暴れして怪我人まで出た挙句、そいつの目的はリーンとその子供だったということも判明している以上、安全な場所に移したいと考えるのは当然だ。

 ――神殿側も、突然の掃除職撤廃はおそらく、間諜の情報を手に入れたからなんだろうな、とは推測ができるが、そのあたり、誰かが答え合わせをしてくれるものでもないので、わたしはただ邪推を重ねるだけだ。

 掃除職の仕事が、従来のものからホウキモドキとM居棒を駆使したものに切り替わっていくのは凄い速度なのだとか、ゼネガンが嬉しそうに話していた。


「なんと。

 余の妻を助けたのはこの街にあらわれた天使と聞いていたが、妻と旧知の仲であったとは」

「え、ええ……」


 ちょっとわざとらしい驚き具合で、王様はそんなことを言う。

 動揺したわたしに、リーンが軽く目配せしてくれたので、なんとか適当ながらも相槌を返すことができたわけだが、打ち合わせなしの茶番はよせ、ゲスト参加者(わたし)に効く。


「権能をもって、妻を助けたと聞く。その働き、大儀である」


 王様の言葉に、なるほどな、とあることに思い至り、ただわたしは黙ってこの世界式の一礼――見よう見まねの、アディナの真似だが――をした。

 人々がおおお、と盛り上がったのが聞こえる。

 天使が、王に頭を下げたぞ、と。

 そう、これは『王の権威の確認作業』なのだ。

 たとえ神が使いをよこそうとも、王の立場は揺るがない。

 王が、何かしらの形で天使に恩があったとしても、それは『大儀』の言葉で済ませられる程度のことである、と。それを人に見せつけるための場としてこの現状を使っている。

 妻の残念会ではなく娘のお披露目だと強調し、明るい宴の場なのだと認識させたのも、そのためだろう。

 もしかしたら、さっきまでの随分と頼りな――親近感の持てる言動も、この為の布石なのかもしれない。だとしたら、この王様、相当な食わせ物かもしれない。


「助けていただいて、ありがとうございます。

 けど本当に驚きました、まさかノーマさんが天使だったなんて」


 うん、まったくだ。わたしも驚きだ。


「今日は祝福の宴だ。神の世界の美男美女をこの国に降り立たせた神に、その御使いによって救われた余の妻に、皆の者、祝福を! 乾杯!」


 おおおおお、と、勝鬨かちどきめいた声が上がる。いや祝勝ってわけでもないのにときの声ってのも表現は違う気がするが、わたしが知る限り、このテンションに一番近いのは飲み会の三三七拍子なので、今巻き起こっていることを説明するにはこの言い方のほうがたぶん伝わると思う。


「ところで、天使よ。そなたが女人だとは確かに聞いていたが、その柔らかい独特な顔立ち、きっと神の世界では相当な美女であろうとお見受けする」


 王様が、人々が歓談に盛り上がっているのを笑顔で見ながらそう言って話を変えてきた。

 ……うわっつらだけ聞くなら「美人だね!」だけどこれほど解りやすい裏もあるまい。

 うるせえです所詮わたしは西洋風ぱっちり美女じゃないですおたふくとか引目鉤鼻とまではいかないけどもどこまでいっても平たい顔族ですよーだ。

 だけどアラサーの精神力なめんな。わたしはにっこりと笑ってまっすぐ王様の顔をみかえしてやる。この程度の嫌味で(へこ)んでたのは25までだ!

 25とか四捨五入で見りゃ立派なアラサーじゃねえかとか言うの禁止!


「ありがとうございます」

「ノーマさん、声がひきつってます」


 小さな声でリーンが指摘してくれた。慌てて深呼吸する。


「少し年齢は薹が立っているようにも思うが、どうだろうか。余の、5人目の妻にならぬか?」

『お断りさせていただきます』


 なんてことを言ってくるんだこいつ!

 慌てて口をふさいだが、質問には相変わらず返答せずにいられない体が勝手にそう言い出す。

 舞台のすぐ下の、立場が偉いんだろうなあとすぐわかるような恰幅のおっさんが、ぎょっとした顔でこっちを見る。そのおっさんだけではない。やがて、湖面に石を投げたような広がり方で、沈黙と凝視がわたしにむけられだした。

 波紋なら、呼吸法だけ身につけたいかなあわたしは!

 いや、そんなこと言っている場合じゃない。なんとか切り抜けろ、どうするわたし!


「王よ。わたしには、まだするべきことがあるのです。

 そのためには、あなたの傍に収まっていることはできません」


 出来る限り、朗々と、声が響くように発音する。

 演劇部の友人と一緒に発声練習した成果よ、いまこそ発揮される時! てか発揮されてくれ!!

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