84:忠誠と敬愛と、タキシード
「みな、今日は余の妻のひとりが子を産んだ祝いによく来てくれた」
王様、らしい青年が声をあげる。その声は穏やかで誠実そうなものだが、それはきっと生まれつきのものなのだろう。松本保典系というか。のび太のパパママの声があの交代から以降、時折セクシーに聞こえて困ったのはきっと若き日の自分だけではないと信じている。当時は誰も同意してくれなかったものだが。
その声はあまりによく通るので少し不思議だったが、周囲で数名、杖をかざしている人達がいる。そして声はその杖の方からも聞こえてくる。魔力の光が灯っているので、あれを増幅器にしているのだろう。魔法すごい。
「こういった場では、余がひとり、祝福を述べて宴の始まりを述べるものであるが、なにもすべてが決まりごとのとおりに進む必要もあるまいと思ってな。
本来の主役たる、余の娘と、それを産んだ妻にここにいてもらうことにした。
余も娘の顔をきちんと見たいのだ」
困惑の顔を浮かべる人も多い様子に、王はそういって理由らしきものを言い始めた。
わたしはベル君に、ねえ、と問うてみる。
「なんで妻だの娘だの、なんか他人ごとみたいな言い方してるの?」
「なんでって……」
きょとんとされた。たぶん、それが普通のことで、ベル君はその理由を考えたこともない、ということだろう。わたしが異世界から来たということを知っているのは、今のところジャデリクのヒゲジジイと、クォセミ司教のふたりだけだ。他のひとたち相手には、わたしが記憶喪失なのだということで通している。どう考えても信用のできない話は、あまり広げないに限る。司教にしても、ヒゲジジイが肯定しなかったら馬鹿にして終わりだったろうとは自分から言い出したことだった。
ベル君が「今度、調べておきます」と首を傾げながらそう答えた間にも、王様は話を続けている。
「知ってのことと思うが、先王のあとをついで余が王となってから4年、年にひとりの妻を得たが、この娘が初めての血を分けた子である。ならば、通例に従わずに一人の父としてはしゃいだとて、許されても良いとおもうのだが、いかがだろうか」
聴衆も真面目な顔を保とうとしているっていうのに、笑いを堪えきれない様子のくすくす、という笑いが漏れ聞こえる。随分とお茶目な王様らしい。もっともその王様ジョーク、わたしには何が面白いのかよくわからないのだけれど。
年に一人の妻って。側室4人かよ、えっぐいなあ。わたしはそういうの詳しくないけど、どこかの一夫多妻を認めてる宗教でも4人くらいじゃなかったか?
リーンから娘をあずかろうとして、抱き方がおかしいです、と即座に小声でつっこまれている。最終的には、不安がられてリーンが抱きかかえ直したものだから王様はその手のやり場に困ってしまったようだった。
「……見ての通り、余は、未だ未熟なものである」
今度こそ、笑いが漏れた。静粛に! と叫ぶ衛士も見受けられるが、その声の方がかき消されている。明るく親近感のあると言っていいのか、威厳が足りず頼りないと言ってしまったほうがいいのか、世界レベルで部外者のわたしには判断がつかないけれど、王様自身が怒ろうとしている壇上付近のおっちゃんとかに良い良い、と言っているからには良いのだろう。
だが、笑いの波がおさまれば、王様は少し深刻な顔をする。
「この未熟が故に、我が3人めの妻には苦労をかけてしまった。
聞けば、数日寝付いてしまうことになったというではないか。余の不徳の、いたすところである」
ざわ、と。人々が一斉にざわめき出す。誰もが小声で、なのに何かを言わずにいられないようで、「ざわ・・・ざわ・・・」とか独特なフォントが浮かびそうなくらいのざわざわである。
「なに、どしたのこれ」
「……王が自分の行動に、間違いがあったと認めたのです。
僕らは何のことを言っているのかわかりますが、人々には寝耳に水のことかと」
3人目の妻ってのは、リーンのことらしい。それも把握した上で小声の会話に耳を傾ければ、お披露目が少し遅れたのって、とか王は何をしたんだ、とかの内容が主だと理解できた。さっきまでは本当に独特のフォントの「ざわ」にしか聞こえなかったものだけに、ちょっとおもしろい。これがカクテルパーティー効果ってやつなのかな。大勢の人が話している雑踏やパーティーの中でも、会話ができる理由っていう。
そんなふうに思いながら、果実水に口をつける。
「余が妻を苦しませてしまったところを、妻の窮地を救ってくれたものがいると聞いた。
妻よ、その者は今、どこにいる?」
……逃げよう。
水を吹き出さずに済んだ幸運に感謝しながら、そっとそれを飲み下し。ゆっくりと後ずさりする。
がっしりと、腕を掴まれた。
あきらめろ、と言わんばかりの顔で、ベル君がふるふると顔を横に振っている。
「あんたは……! わたしに忠誠と、敬愛を誓ったんじゃなかったのか!」
「残念ですが、国王と妹も、僕の忠誠と敬愛の対象なもので」
「ノーマさん!」
騎士の行動を咎めている間にも、とうの妹に見つけられてしまったようで、大きな声で呼びかけられた上に、あはは、リーンちゃんたら壇上でにこやかに手を降ってらっしゃる。
「あら、たしかあの人」
「天使サマだよ! 天使サマがアムスコットのお嬢さんを助けたのかい!」
誰か! 誰かわたしにベネツィアンマスクをください! 真っ白なやつで黒のタキシードがあればなお良いです! あれ正確には燕尾服だけど! 白薔薇投げて「さらばだ、また会おう!」とか言って屋根伝いに逃げるから!
――もちろん、わたしのそんな些細な願いはかなえられることなく、あわれわたしは「あははいいわよ、遠慮しておくわー」な抵抗もむなしく壇上に連行されてしまうのであった、まる。
うわーん! 嫌な予感しかしないよう!




