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83:広場の喧騒と、カルピス原液

 快晴で良かった。

 神殿の近くにある大きな広場は、厳粛な雰囲気で、それでも喜びを表現したように飾り立てられている。わたしの真横にある柱にも、頭上、手が届かない高さに鮮やかな色のリボンが結び付けられていて、そのリボンには花束が結わえ付けられている。ぐるりと広間を囲うように建てられた柱を、リボンがそれぞれ繋いでいる。

 神殿の騒動から、数日が経っていた。

 わたしが自分の身の上を明かした直後、戻ってきたロンゴイルさんやベル君は、ケイジ(仮)を取り逃がしたと悔やしがっていたが、正直に言えば無事でよかったと思う。町中を追い回したが、神殿の山の中に紛れられてしまったのだとか。すぐに山狩りが行われたけれど、相手も身一つで素早い。おそらくは人を呼びに行っている僅かな間に姿をくらましたようで、目ぼしい成果はなかったらしい。

 むしろその後が大変だった。

 わたしが天使らしいとかいう与太話はすぐに街中に広まってしまったからだ。


「……猫に玉の緒を齧られた気分です」


 与太話を耳にしたらしいロンゴイルさんは、神殿に来るなり不自然なくらいに笑顔を貼り付けてそう言うと、間諜に関する報告があるので、と去っていった。何故不機嫌なのか知らないかとヒゲジジイに聞かれ、エクドバが――彼はロンゴイルさんの唐突プロポーズにも、司教の天使宣言にもいあわせている――答えていたが、先に求婚したのはこっちなのですが、とか不満を漏らしていたらしい。ヒゲジジイは精霊人を欲しがっていたのは知っておったがなあ、と窓の外で頭を抱えてしまった。

 いや、頼むから、みんな、わたしの意志をどうか尊重していただきたい。

 その後、皆が皆忙しい状況にあったようで、これといって話し込むようなこともないまま、今日まで来てしまった。

 広場の中に、舞台が組まれている。

 しっかりした作りのそれは、やはり華やかに飾り付けられていて、その壇上にはひとりの女の子が、赤ん坊を抱えて、ひときわ豪華な椅子に座っている。

 リーンだ。

 産後すぐの上に病み上がりの彼女だが、今日一日は、彼女が主役の――残念会なのだ。

 それにしては随分と盛り上がっていて、果物やら食べ物やらを売る屋台も出ているし、人々の顔も明るい。わたしの感覚としては女の子を産んで残念会とはなんとも言い難いが、王妃になりそこねた女を慰めるというよりも、王の娘の誕生を祝う、という色合いのほうが強いのだろう。結局、ひとは祭りが好きだ。

 広場に来るなり振る舞われた、果物の汁を水で薄めたものはわたしの舌にはあまりなじまないが、皆は喜んで飲んでいるように見える。元の果物がよほど甘ったるいらしく、薄めてやっと飲める味、という感じだが、今日は大盤振る舞いの濃厚な味だ、というのを耳にしたから、きっとカルピスの薄め液倍率とかの要領だと思う。原液派の人もいるが、わたしは薄めたのが好き。でも濃い目に作ったら贅沢感、みたいに。


「ノーマさん、こんなところにいたんですか?」

『人が多いのは苦手なのよ』

「主役の兄がこんなとこ来ていいの?」


 いつの間に来ていたのか、ベル君がわたしの真横にいた。彼は苦笑すると、わたしの手にしているのと同じ果実水を煽る。


「僕がいても仕方ありません。もうすぐ王が来られますし、そちらが主体でしょう」

「王、ね……リーンの、旦那なんだっけ」


 この街は首都ではなく、王が住むのもこの都市ではない。リーンの実家がある街なので、里帰り出産ということらしい。子が生まれたからには顔を出す、ということか。

 実際には出産に立ち会ってたくせに、男じゃなかったら『その場に居合わせなかった』ことになるとか、わけのわからん風習である。男であればこのお披露目で壇上にいるのは王とその妃、になるのだとかで。いやほんとうにそういった儀礼的な、無意味な風習はよくわからん。

 そんな話をしている間にも、わっとひときわ盛り上がったあたりから声がした。


「王様がいらしたぞー!」


 その声を聞いてリーンが椅子から立ちあがり、壇上を降りる。ロンゴイルさんが手を貸しているのが見えた。


「敗残卿はそういうところだけ、役得だなあ!」


 酔ったような声が投げかけられ、どっと笑い声がまきおこる。

 それを気にする様子なく、ロンゴイルさんの姿がリーンとともに舞台周辺の人の姿に掻き消えた。


「ああ、待ってくれ」


 のんびりしたような声がして、喧騒はぴたりと静まった。

 たぶんわたしよりも、ふたつみっつくらい若いのだろう。だいたい司教と同じくらいの年齢だろうか。そんな感じの、身なりの良い男がリーンたちに声をかけたのだ。


「どうか、リーン、ここに残ってくれないか」

「あれが、王です」


 ベル君がそっと耳打ちしてくれたけれど、なんとなくそれはわたしにも理解できた。

 さっきまでのようなめでたさの騒ぎではなく、戸惑いのざわめきが広場に集まった人の間に広まっていく。

 壇上へと上がる階段に足をかけたリーンが、不思議そうな顔でロンゴイルさんを見上げたのが見えた。ロンゴイルさんは、おだやかに笑って頷いている。

 舞台に上がったリーンと、その赤ん坊を見て、王様は笑顔をみせた。

 それは厳粛な貴族の顔でなく、若い、新米お父さんの顔をしていた。

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