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81:聖婚、バスタブ、囲み取材

 神殿に戻る途中、結構な量の血を服につけたままのわたしの姿に「どうしたの」「なにがあったの」と寄ってくる人というのは時折いて、その人達に見ていたおばちゃんが説明をして、という状況が何度かあった。

 怪我こそ塞がれているものの、流れ出てしまった血はもとに戻らない。物理的に貧血気味のわたしの肩を支える司教というのも相まって、さらにおばちゃんたちの話題が盛り上がっているのを痛感する。

 エーリはあの場でこそ聞こえていなかったものの、どうもおばちゃんたちの話から察してしまったらしく、すごいむくれ方をして駄々をこね始めてしまってスーパーでお菓子買ってとゴネる幼稚園児みたいになってしまった。


「やーだー! ノーマはオレが嫁にするんだー!」

「聞き分けのない子供は……こうだ!」

「うきゃきゃきゃひゃはは!? やめろくすぐるなー!」


 ゼネガンは子供の扱いに慣れているのかして、そうやってあしらって最終的にぐったりさせたエーリを肩車してみせた。そのままどこか別の方に連れていってしまったが、そのうち戻ります、とか司教に言っていたのでそんなに気にしなくても良さそうだ。

 結局、引きずるような足取りで神殿に戻った頃には、女性の多めな野次馬が神殿で待っているという状況になってしまっていた。


「司教様、その女性が天使サマなんですか?」

「神の使いと司教が揃うなんて、奇蹟のようだ……」

「聖婚なんて伝説にしか聞いたことが無かったよ」

「ワタシ、クォセミ司教非公認ファンクラブ作ってたのに!」

「あー……寝姿の写し絵とかメガネの複製とか、勝手に売ってたのあんたか……」


 わりと騒がしいのに取り囲まれ、まさに囲み取材でもされそうになったが、神殿から飛び出してきた姿がそれを割ってはいり、わたしに抱きついた。


「酷い血です、怪我はありませんか、ノーマ!」


 血相こそ変わっていても、アディナの表情はあまり変わらない。


「切られたりしたのは、司教が治してくれたわ。

 でもちょっと足元がふらつくの、離れてくれないと危ないわよ」


 背中をかるく叩いてやると、慌ててわたしから離れたアディナだったが、わたしの横で肩を貸してくれている司教を見ると、少しだけ眉がはねたような気がした。なんだ?


「司教様、あとはアディナがかわります」


 進言のようでいて、妙にきっぱりとそう言い切ると、司教を押しのけるようにアディナがわたしの肩を支えに入る。いや、なんだなんだ?


「司教様も、ノーマも、服の汚れが酷いです。ノーマの服は……ひどい切られ方ですね、後でアディナが新しい服をお持ちします。司教様の服も、洗う必要がありますが、まずはお着替えください。怪我の確認をさせていただきたいのでお湯をお借りしたく思うのですが、構いませんか?」


 この子、今ブレス入れずに言い切らなかった? すごい早口なんだけど。

 気圧されたのはわたしだけではないらしく、司教も「あ、ああ」とあっけにとられた顔で頷く。

 アディナはわたしの体を動かさないように「ありがとうございます」と頭だけを下げると、迷いなく神殿の奥に足を進めた。


「あちらに、浴室があります。本来は司教様や祭司様のための施設ですが、緊急ですから」

「浴室? タライじゃなくて?」


 興味津々の顔をした囲み取材的野次馬のみなさんの中に取り残された司教は、本格的に囲まれてしまったのであれはすぐには逃げられまい。かわいそうに。うむ、できれば心の底から棒読みでそう言ってやりたいが残念ながらわたしは風呂に連行されたのでそうしてやれない。かーわいそーうにー。おまえのせいだ自業自得だ。ばーかばーか。

 そうだ……司教が言い出したことではあるが、アディナなら知っているだろうか。嫌な予感しかしないものだが、きちんと知らないとこの先も一方的にまずいことにしかならない。


「天使って、どういう存在なの?」

「……先程からアディナもそれを聞きたくて仕方ありませんでした」


 質問の答えにはなっていないけれど、噂が回るのは本気ではやい。いや、神殿前に少数とはいえ人だかりができていた時点で、予想はついていたのだけれど。切られた服を脱ぐのを手伝ってもらいながら状態を確認し――喉から胸元にかけての生地は、縫い直すよりも諦めたほうが良さそうなくらい、無残に切られた上に血もべったりしている。他はまあ、汚れたり窓枠の破片が刺さっていたりするくらいだ。繕えばまだ着られるだろう――その間に何があったのかを、説明する。アディナの顔はやっぱりあまり動かないけれど、苦めの表情なのはわかる。


「ひどいです、ノーマが天使だなんて」

「ひどい?」


 意味がわからなくて鸚鵡返しで返すと、アディナがきょとんとしたあとに慌てて顔を隠す。少し耳が赤い。


「その……言い過ぎました。ひどいわけではないです。

 ただ、記憶のないノーマには、それを否定する方法がないのではありませんか?」

「それはそうね。記憶がない相手を天使だなんてよく言えたものねとは思うけど」


 時間が経てば呆れしか浮かばない。そりゃあ明らかに寝不足の頭で言い逃れを考えてくれたことには感謝するけれど、なんだか事態が悪い方向に進んでいるような気がしてならない。


「天使は、神の御使いですから、司教だろうと国王だろうと進言をして良いとは言われています。

 ですから、その言葉に間違いがあるわけではないと、他の方に示したかったのだと思いますが」


 でも、ひどいです。

 俯いたアディナは、もう一度そう言った。

 あと、なんでかアディナも服を脱ぎだした。


「神の御使いを預かったとなれば、神殿にはそれを守護する義務があります。

 間違いなく預かります、と神につたえるためにも、その神殿に属する天使の異性の中で、最も立場の高いものが婚姻という形で契約を結ぶ……のだったかと思います。

 それを聖婚と呼ぶのですが……ノーマはそもそも、結婚をしたいのですか?」

『考えたこともなかった』


 ううん……。

 腕を組んで唸る。勝手に応答したぶん、それは本心なのだろう。

 いや、考えているのは今の事態に対してではなく、自分の考えに対して、だ。

 この世界に来る直前まで婚活をしていたというのに、結婚したいかと言われてその返答が出るのは、ちょっと我ながら予想外だったのだ。

 ともあれ、考え事をしていても仕方ないので服を全部脱ぐと、浴室を覗き込む。

 そこには、決して大きくはないがうるわしの猫脚バスタブがあった。


「あああ、お風呂だ!」


 感極まって叫ぶ。

 体を洗うための布で前を隠したアディナが、「さあ、入りましょう」とわたしの背を押した。

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