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79:天使と神託、ゴシップ誌

「もう少し、下地を積んでから明かしたいところでしたが……魔女だなどといいがかりを付けられてしまっては、もう隠し立てはできませんね」


 周囲のおばちゃん、そして蹴り男を見回し、クォセミ司教はそう告げた。

 わたしの肩に手を置いたまま何かを小さくつぶやくと、頭や胸元の痛みがゆっくりとひいていく。

 回復の魔法あたりか。その様子をみたおばちゃんたちは、少なくとも司教はわたしの味方に立っているのだとはっきり理解したようだ。

 だが、それは好奇心に直結する。

 よくわからない女になぜ司教が肩入れするのか――納得できる理由が説明されるのを、彼女たちは期待に満ちた瞳で待っている。

 それはゴシップ誌を店頭で手に取る人の目だ。わたしは興味ないのよ、とでも言いたげな顔で、心底そういう話題を面白がる人たちの目。世の中で一番、敵に回すと恐ろしい人が見せる、あの目だ。


「彼女は、神が遣わした天の使い。すなわち天使なのです」


 はあああああ!?

 なんでだ。なんでそうなるんだ。

 先に警告されてなかったら間違いなくわたしはそう絶叫していた。

 いや、今でも叫びたい。

 おばちゃんたちはどよめいて、相互に顔を見合わせている。


「天使? 天使って言った?」

「神様のお使いって、みんな美男美女になるんじゃなかったっけ」

「いやあ、顔つきは平たいけれど、そこがエキゾチックだもの」

「なるほどねえ、確かに、あまりごりごりしてない、優しそうな顔だねぇ」


 す、好き勝手言われている。いや確かに美女って顔じゃないけれど、それは認めるけれど!

 錆の浮いた機械みたいな動きで、わたしは司教の顔を見る。

 美人が、すごくにこやかな顔をしている。

 だけど手があいかわらず、わたしの肩をしっかりと掴んでいて、さらにぎゅぎゅうと力を込められた。

 余計なこと言うんじゃない。

 その手はあまりにもはっきりそう伝えてくる。

 蹴り男さえもあっけにとられていたようだが、慌てた様子でわめき始めた。


「天使、だあ? そんなはずがないだろう、そんなババアが!」

「ちょいと、あんたさっきから何度もババアババアって言うけど、あの天使サマはあたしらと歳がかわんないくらいに見えるよ」


 誰が言ったものか。その言葉で、おばちゃんたちの矛先はいっきに蹴り男に向けられた。


「そうだよ、ワタシも確かにあと何年かしたらおばあちゃんかなーって思うけど、まだまだ若いんだからね!」

「男どもは自分ばっかり若いって顔したがるけど、こっちだってまだまだ子供も産めるんだから」

「若い娘さんを嫁にもらいたいなら、それだけ稼いでから言うことだね!」

「だいたいあんたたち男だって、女が痛い思いして産まなきゃこの世にいないんだよ」

「ちっとは感謝してほしいもんだね」

「まったくだねえ」

「ほんとにそうだよ」


 かしましい。女三人よればかしましいとは確かに言うが、今まさに話しているおばちゃんたちも、中心になっているのは三人だったりするので、なんとも言葉通りの図だ。おばちゃんたちつよい。

 いや、考えてみたら今、おばちゃんたちには精神的に後ろ盾があるのだ。つまり、司教が味方をしている存在に攻撃している男、をやりこめているということ。

 司教の社会的信用度なんでこんな高いのかなあ、と一瞬思ったが、神殿の偉い人で美形、というのを現代日本で言い換えるなら『病院の若院長(美形)』になるのだと気がついて、心底納得した。


「天使だとかいうなら、その証のひとつも見せてみろ!」


 今の間に逃げたかったけれど、このまま取り囲まれちゃかなわんとばかりに蹴り男がまだ喚く。

 証って。なに。どうしたらいいの。

 司教の顔を窺い見たら、口の端が引きつったのが見えた。見えてしまった。

 そのあたりノープランなのかよ!


「ええ……彼女はですね」


 脳みそフル回転させたらしい妙な間(なうローディング)があったが、軽く咳払いをしてごまかすと司教は言葉を続ける。


「彼女は、神託を受けて我々が保護する前に、何か恐ろしい目にあったようで」

「しんたく?」


 思わず聞き返してしまった。黙ってろ、と肩の手が全力で訴えてきている。


「この通り、それ以前の記憶を失ってしまっているのです……」

「まあなんてことだろう!」

「天使サマ、おかわいそうにねぇ」

「神様のお告げである神託もわからないなんて、重症なんだよきっと」


 憂いを帯びた微笑みを浮かべて眼鏡をそっとかけ直した司教に、おばちゃんたちがキャア、と黄色い声をあげた。いや、繰り返すがその佇まいがおばちゃんなだけで、わたしと同世代くらいなものだから、その歓声は決して茶色くないのだ。

 ――クォセミ司教、こいつ自分の顔わかってやってやがる。


「シンタクだあ? そんな話、してなかったじゃねえか!」

「そこなんですが」


 吠えた蹴り男に、司教は冷たい目を向ける。

 おばちゃんのうちの、ちょっと細いひとがすごいキュンキュンした顔をした。ドSメガネがツボらしい。


「あなた、一体いつ彼女と私の会話を聞いていたのですか?

 私が彼女とその話をしたとき、あなたは女性を殴ったという理由で衛視に投獄されていたはずです」

「あ、本当だ!」


 おばちゃんの勢いに圧倒されっぱなしだったエーリが、目を丸くして大声をあげた。

 思い返してみると、確かに、そうだったような気がする。

 エーリを蹴り飛ばしたところに出くわして、それに割って入って、わたしは殴られたんだ。この蹴り男に。

 それから司教のとこにエーリを引きずっていって、怪我を治してもらった。その時に話してたことのはずだ。なんでこの男が知ってるの。

 子供の証言もあって、おばちゃんたちの蹴り男に対する目も、更に厳しくなった。

 にっこりと笑って、司教は続ける。


「ところで私のところに、投獄直前に衛士を殴って気絶させて逃げ出した男がいる、という話が届いています。

 その男はどうやら掃除職らしいということでしたが……あなたの格好は掃除職のものによく似ていますね。

 おやおや、これはいったいどういうことでしょうか?」


 脱獄となれば重罪ですよ、と司教が駄目押しをする。

 蹴り男は、目に見えて震え始めた。

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