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77:騎士二人、X字の傷

 赤。

 今度こそ、飛び散った赤は、血の色だった。

 わたしの服が、胸元が、ざっくりと裂けている。その下の皮膚は、見たくない。

 痛い。

 悲鳴を上げたかったが、喉が引きつった。

 だから、叫んだのは、わたしじゃない。


「ノーマ!」

「おまえ、何なんだよ!」


 真っ青な顔でわたしに飛びついてきたのは、エーリだ。

 真っ青な顔でわたしを罵倒したのは、ケイジ(仮)だ。


「さっきから何度切っても! なんでおまえ、平気なんだよ!」


 ――何を言っているのだろう。

 さっきから、わたしを切るのに手を抜いてたのは、ケイジ(仮)ではないのか。


「気絶させるつもりで、ちょっとくらい血を抜いてやろうかと思ってたのによ!」

「その女はぁ、おれが殺す!」


 妙なことを口走るケイジ(仮)を無視して、血走った目でこっちに飛びかかってきた赤鬼蹴り男は、そう叫びながらわたしに掴みかかり、拳を振り上げた。

 咄嗟に、恐怖を感じたのかしがみついてきたエーリを胸でかばうかたちで背中を丸める。

 ぼこぼこん、とドッジボールが当たったような感触がした。


「な……な!」

「ノーマ、この傷!」


 それを数度耐えていると、なぜか蹴り男はおののいたように後ろに下がった。

 それを幸いと、わたしはエーリを抱えあげた無理矢理数歩離れる。その胸元で、わたしの傷口を見てしまったらしいエーリが声をあげる。


「ごめん、酷いもの見せたよね」


 あれだけ鋭い、剣とわたりあえるような鉄片だ。肉の露出で済んでいるレベルだとも思えない。いくらこの世界において戦いが、21世紀初頭の日本よりも身近だとしても、子供に見せていいものではないはずだ。それとも――そういうものに見慣れた世界だからこそ、わたしの傷が酷いと訴えようとしてくれているのか。

 あとどれくらい自分が耐えられるかもわからないけれど、少しの間でもと胸元の、はだけた服をかきあわせる。積荷を燃やしてと嘆いた彼女だって、潰れた胸を晒すのはかわいそうだと服をなおしてもらえていた。せめて死に際くらいは、きれいでいたい。


「そうじゃない!」


 はい?


「なんで、あんなので切られたのに!」


 真剣に驚いているエーリの顔を見て、わたしははて、と疑問を抱く。

 そういや、なんであんなのでざっくりーって切られたのに、わたしまだ動いてるんだ?

 おそるおそる、服の切れ目から自分の肌を見た。

 見慣れた、微妙なサイズの肉塊がふたつ。それの真ん中には縦に一本の、まだぬるい液体を吐き出す赤い線。近い位置なので、まるでピントがあわないけれどそれが傷なのは、はっきりわかる。

 ……ん?

 何か妙だと思い、その傷口に、おっかなびっくり触れてみた。

 ずきりとする。だけど、それだけだ。え、そんなはずないでしょ。

 痛みをこらえながら、手探りで傷口の大きさを確認してみる。

 これは――包丁でうっかりしてて親指激しく切った程度の大きさ。長さこそだいたい10センチくらいはあるものの、何にしても思っていたほど大きくない。


「なんじゃこりゃあ!?」


 どう考えても、服の切れ方とかから考えるとこんなもんですんだはずがない。

 びっくりしたわたしは、なぜかまずケイジ(仮)を見た。

 わたしが離れたことで、騎士二人の猛攻の矛先がそちらに向いている。


「よくも妹の恩人を!」

「この街の中で、自分のまえで人を切る、その意味を知るが良い!」


 おお。なんか燃え上がってる。

 ケイジ(仮)も右手の鞭に左手の妙な形のナイフ――後になって知ったが、刀で言うみねのほうに引っかかるところを作ってギザギザさせてあるのだそうで、ソードブレイカーというやつだった――を駆使して、防戦一方のようだ。

 ざしゅ、と音がしてベル君の剣が一筋、ケイジ(仮)の額を浅く切った。

 それをケイジ(仮)が睨み返した瞬間を隙と見て、ロンゴイルさんの剣が、ベル君が負わせた傷とあわせて(バツ)の字をつくるような形に少し深く切り込む。

 痛そうな様子にわたしは目をそらし、蹴り男の方を見る。酒でも飲みすぎたような顔をして、腰抜かして地面にへたり込みながら後ずさっている。いや、そっちはビビりすぎだろ。

 いや……そうでもないのか。まだ視界はいまいちよく見えていないのだが、その手にはどうも大きな灰色の――赤子の頭くらいの石を持っているように見える。あれでゴッツンゴッツンやられてたのか。思わず背中を触る。打ち身くらいはできているようだが、骨が折れたりしているような様子や痛みはない。

 いや、なんでだ。本当になんでわたし、無事なんだ。


「ああ、こっちだった! 見失って、道に迷っている間に……サワカさん、無事ですか!」


 すっかり忘れていたが、エクドバが大きな杖を文字通り支えにして、荒い息をついている。彼がどういう状況だったのかは説明っぽいというか言い訳っぽいその言葉でわかった。

 ……そうか。


「さっきの呪文、あれって防御強化みたいなやつなのね」


 聞いた時にも防御魔法だろうかと思ったのに、すっかり忘れていた。きっとあの魔法のおかげで、装備品が布の服だとか旅人の服レベルだったのが、うろこの鎧くらいになっていたのだろう。それで怪我がどれもこれも、そんなに酷くならずに済んだということか。

 なるほど、影が薄いと思っていたのに、縁の下の力持ちだったのね。

 と思って見直したのに。


「は?」


 と、エクドバが随分変な顔をした。


「あれは強力なかわりに、効果のある時間が短いんです」


 親切に、どう頑張っても心臓が60回動くくらいで解けます。とまで補足してくれた。ええと……胸元に手を当てて鼓動と秒数を考えてみる。今は怪我やらなんやらであまりあてにならないけれど、簡単に1分くらいだろうか。

 さすがに一分とか、とっくの昔に過ぎている。

 じゃあ一体なんだったんだ、とわたしも顔をしかめた、その時頭にゴツンと、げんこつを受けたような感じがあった。


「あたまばっかり! 最近あたまとか顔とかばっかり!!」


 こぶになってるー! じんじんとするのを手で覆いながら周囲を見ると、また蹴り男だ。憤怒と恐怖とがごっちゃになった酷い顔で、わたしを睨んでいる。さっきの石が、わたしの足元に転がっていた。

 それを見たエクドバが、目を丸くした。


「……守護(プロテクト)の術が、なんで解けてないんだ……」


 わたしは自分の手を見下ろした。ピントがあわないので、老眼鏡と新聞のような距離で、だったけれど。

 ほのかに、青い光が手の、身体の周囲を漂っている。さっき窓枠を壊した後に見たのと同じものだ。それはやがてふいっと消える。たぶん、これが魔法の効果で攻撃されたりするとまわりにこの光の幕が浮かぶのだろう。

 ううん……なんでまだ続いてるんだ、みたいなのを最近どこかで聞いた気がする。

 なんだっけ。

 思い出そうとしたが、すぐにそれどころではなくなった。


「おまえがこのあたりにきてからだ、くいもんをうばわれたり、仕事がなくなったり」


 恨み言のような口調で、怒鳴りつけたいのを抑えるような抑揚で、蹴り男がそう言い出した。


「おまえさえいなかったら、ぜんぶうまくいくんだ、おまえさえ」

「いや、パンのこととか大体アンタの自業自得でしょうが」


 こうやって自分の悪かったところを顧みられない相手には、どうにも嫌悪感が先に立つ。

 そりゃわたしだって、自分が悪くてもすぐにそうと認められないような時はあるけど、こいつはどうも、そういうレベルじゃない感じが、ひしひしとする。

 少し狂気さえ感じるような顔で、蹴り男は周囲を見て、そのあたりにあった石に手を伸ばす。

 その石は、男が手に取る直前に遠くへ転がった。

 エーリが石を蹴り飛ばしたのだ。 

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