71:断面、酸素、二重拘束
ここで問題。この窮地をわたしはどうやって乗り越える?
三択よ。ひとつだけ選びなさい。
1、美人の爽香は突如快刀乱麻のアイデアが閃く。
2、誰かが助けてくれる。
3、逃げられない。現実は非情である。
確か3部じゃ結局は2で、犬が助けてくれたわけだけど、この場合なら司教だろうか――いやいや、さっき司教は眠たそうな顔で部屋に戻ってったわよね。たぶんもう寝てる。他に助けてくれそうなのって……ロンゴイルさん、は……昨日の今日だ、ちょっと、気まずい。これもナシね。ここでエーリが外からばーんとォ! って、わたしは10にもならない子供に何をさせようというのか。あの小型犬だってスタンド使いだったのに。ヒゲジジイ? この局面では火に油だ。
やはり答えは……1しかないようね!
「わたしが魔女だったとして、捕まえてどうするつもり?」
あたまのなかの、ふざけてるようで真剣な問答はともかくとして、わたしはなんとか逃げ場を、落とし所を探る。張り上げた声に、蹴り男が「ああ?」と反応した。
「そりゃあ、贄にきまってる。なあ!」
「そうだ――捕まえて、焼き殺せ!」
「五体をバラバラにして、丁寧に骨まで砕いてやる!」
うげ。
何をするのかを想像して、血気が沸いたのか。何人かがさらに詰め寄ってきた。
そりゃ剣も抜こうとしてくれるってわけか。でもおとなしく焼き殺されるわけにはいかないし、かと言って誰かの断面を見るのもイヤだ。
「けどちょーっと、野蛮すぎるでしょ……」
唸るように呟いたのが聞こえたのか、誰かが「なんだと!」と叫んだ。
「魔女が、災悪を撒くのが一番野蛮なことに決まってるだろう!」
「あの魔女を、捕まえろォオ!」
誰かの糾弾に続けて、ターバンのおっさんがヒステリックにわめく。
それを合図に、とうとうギャ次馬はわたしに向かってなだれ込んできた。
「! ノーマ!」
「切っちゃダメ!」
っああ! なんか酸の海の前にでも立ってる気分だ!
どっと押し寄せてきた数人の勢いは、ラッシュアワーのドア前を思い出させる。
単純な数だけ見れば、電車で殺気立ってる人のほうが間違いなく多いのに、その勢いは階段に向かっているのではなくわたしを取り押さえる方向に向けられている。思わず後ずさるように数歩逃げたが、あっという間に追いつかれた。押さえこまれるような状態に、踵の靴擦れがずきりと痛む。こんな時に!
あっけなくわたしの体は廊下に押さえつけられた。
「痛いじゃないの、離しなさいよ! 誰だどさくさに紛れてお尻触っ……ぅぐ!」
文句を言おうとしたら、右腕が強く捻り上げられて、普通に痛い!
肩が抜けるんじゃないかと思うくらいだ。
もがきながら、他の人たちは大丈夫だろうかと、顔と目を動かした。
アディナは、口元を両手で覆って数歩後ろに下がっている。無事なのは良かった。
ゼネガンとベル君は、のしかかってきた男を引き剥がそうとしてくれているが、いかんせんゼネガンは片腕だし、実質ベル君ひとりが奮闘している状態に近い。切ってしまえばすぐに助けられるだろうに、わたしが切るなと二度も言ったせいで、その選択はできないのだろう。助けてほしいって意味じゃ切ってしまえって思うけど、それはわたしの身勝手な二重拘束だ。
「面倒だ、手足の関節を外しちまえ」
ぎゃああ! やっぱり切っちゃってベル君!
悲鳴を上げたいけれど、背中に乗られてしまったせいで息は吐き出すばかりでもう尽きて、吸えないでいる。さらには、偶然なのか意図的なのか、誰かの腕が首に回っていて、締め付けられて、少しずつ意識が薄れている。酸素足りない。視界の端が少しずつ暗くなる。もがいても押さえつけられた手足に力が回らなくなっていく。耳がきいんとして、周囲の音が段々、プールの底から外の音をきいているような遠さになっていく。
腕に、太ももに手がかけられたのが、そんな布を一枚はさんだかのような意識の中でもわかった。
だけどもう、抵抗する力がない。
誰かが、やめろってさけんだようなきがする。
いたいのはやだな。
わたしはいきぐるしさに、てあしをうごかそうとする。でも、だれかがおさえつけているみたい。
だれか、
『助けて!』
ぎょっとしたかのように、くびのうでがゆるむ。
のどがひらく。息ができる。苦しい! 酸素!
ぜえっと、酷くざらついた音が喉の奥で痛い。わたしは幾度もむせるように息を吸い、吐いた。
「こいつ、今どこから声を!」
「本物の魔女だ!」
「……首を絞めて死ななかったら魔女、死んだら人間ってか!」
どこの魔女裁判だ! 怒鳴りつけようとしたが、今度は明確に、首に手が回ってきた。
わたしの真上、誰だ、これは、さついだ、こいつ、わたしころそうと、
「お止めなさい!」
高い、よく通る声がした。
その声と同時に、手が外れ、わたしは何度も咳き込む。体と首をひねり、真上を睨みつける。
わたしの背中を踏んでいるのは、やはり、蹴り男だった。
だけど、誰も彼もが今は、視線を階段の上に向けている。
そこからゆっくりとおりてきたのは、一人の女――見覚えがあった。
「わたくしの前でこれ以上の荒事、許されることではありませんよ。
まったく神殿で騒ぎを起こすなど、ずいぶんと不届きな者がいるようですね」
「アムスコット夫人だ……」
「母上!」
クロシェア――ベル君と、リーンの、お母さんだ。
わたしを一瞥すると、クロシェアは眉をしかめて、扇で口元を隠す。
「そこにいるのは……行き倒れの農婦でしたか」
「ノーマです」
相変わらず芝居臭いご婦人である。ただベル君が慣れた様子で即座に補足を入れるあたり、もしかしてこれは素なのだろうか。
「アムスコット夫人、こいつは魔女ですぜ」
「魔女? その顔の平たい若作り女が?」
あんたのほうがわたしより二つ年上なんだがって言ってやりたい。確かにわたしの格好がちょっと若い分、言いがかりにもならないので黙るしかないが。
くっそー……もしかしてこれが『2、誰かが助けてくれる』だったりするかと思ったのに、わたしの立場が更に悪くなっていきそうな予感がする!
そんなことを思っている間にも、クロシェアはゆっくりと階段を降りてきた。
時折、階段と服の隙間から、かなり高いヒールがチラリと見える。あれでは確かにゆっくりとしか動けないだろうなあ、裾踏みそうだし。
「魔女ですか。ならばわたくしに顔がよく見えるよう、そこに立たせなさい」
「は? しかし、逃げたり、何かの呪いとか――」
「早くなさい!」
ごねるターバンのおっさんを、クロシェアが一喝した。




