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70:ノコノコと、魔女の息子

 野次馬たちの前に出てきたのは見覚えのある男だ。

 エーリを蹴飛ばし、わたしを殴った、あいつだ。

 あいつのことを知っている分、ゼネガンの顔はひときわ険しい。


「またあったなあ、クソババア」


 少しだけ、膝が震えている。

 殴られた痛みは忘れてない。

 睨んでくる野次馬たちの視線も、いまだ消えない。

 悪意とか、嫌悪とか、そういった名前の感情が突き刺さる。

 人に嫌われるのは、好きじゃない。

 よく知らない人から嫌われるのが平気なタイプのひとも、いるかもしれないけれど、わたしはそういうのがすごく怖い。

 血の気が引く。

 足元が、まっすぐなはずなのに平衡を失っているような気さえする。

 せめてそれには気が付かれないよう、虚勢をはった。


「骨にもなれないゾンビがのこのこ出てきて、何の用?」


 ノコノコといえば亀か。小さい頃は亀の甲羅って着脱できると信じてたなあ。カートで走るのも、小さい時は姫を使ってたんだけど、慣れた頃からは亀使ってた。友人は猿使いで――いや、それは今どうでもいい。想像に逃避していい時じゃない。

 廊下の先で、にたにたと笑うあの男。そういえば名前は知らないままだ。

 ……けどまあ、いいや。知りたくもない。


「クソババア、おまえがあの、元司教といっしょにいたのをみたぞ」

「はあ?」


 ヒゲジジイといたのを見たと。

 それが何だと言うのか、とこちらが返す前に、野次馬たちがざわついた。


「あの、魔女の息子が」

「おそれを知らん悪魔めが」

「神殿の権威を穢しただけでは飽き足らんということか」

「魔女の子だ、他の魔女とも仲が良くても不思議はない」


 ……段々、イライラしてきた。

 嫌われるのは嫌いだけどねえ。だからといって、そうやって見えるところで陰口叩いて、いや見えないところでやらかす陰口のほうがよほどタチ悪いのはわかってるけど、それはそれとして、見えてるとこでるってのはつまり「あんたのことを馬鹿にしてますよ」アピールってことじゃない? つかむしろ周りと一緒になってそれをやるって、つまり娯楽じゃない?

 娯楽として、わたしはあんたらの玩具でいろってことじゃない?

 あ、うん。ものすごい腹たってきた。


「そっちのォ!」


 怒鳴って、指差してみる。とりあえずギャラリー野次馬、略してギャ次馬の右から3人目、ターバンみたいなのを頭に巻いてる人だ。なんでその人にしたって、顔が少し特徴的だからなんだけど。


「鼻の横にほくろがあるおっさん。あんたの顔、覚えたわよ」

「ひッ」


 腰を抜かして、一歩下がるターバンのおっさん。


「魔女だ魔女だと人のことけなすからには、その魔女の恨みを買う可能性、わかってるんでしょうねえ?」

「し、知らん、魔女のことを魔女と呼んで、何が悪い!」


 そうだそうだ、と数人が声をあげる。


「なんでわざわざ挑発するんですか……」

「いやあ、ああいうのってほら、主体性がないからとりあえず尻馬に乗ってるわけでしょ?」


 ベル君が呆れた顔で肩を落とす。

 よく見れば、アディナとゼネガンのふたりも同じような顔をしていた。

 なんでだ。

 ただ、やっとわたしの足の震えは消えた。

 言い返したこともあって、少し冷静になれた。話の流れが、ちょっとだけ見えてきたのだ。


「おい! おれを無視するな!」


 赤ら顔系の顔をさらに赤くして、殴り男は怒鳴り散らす。


「あら、まだいたの」

「いっぺん死んでこいよこのクソババア!」


 ――そう。こいつだ。

 すぐ怒鳴るようなやつは、攻撃するという思いがあるだけで、何かの根拠なんてない。

 だからすぐに手が出たりするし、言い返すにも貧相なボキャブラリーには論拠なんてものが出てこない。そんなやつが、野次馬の扇動なんてできるはずもない。

 さっきのギャ次馬たちの様子や、それを後ろにして虎の威――今の場合は馬の威か。それをかさにきているあたりで、わたしが魔女だなんだと言い出したのがこいつなのは、間違いない。


「あんたさあ、わたしとヒゲジジイが歩いてるの見たからって、何なの?」

「あの元司教だぞ、魔女の息子だ、悪魔に決まってるだろ」


 何人かのギャ次馬が頷くのが見える。

 ふむ。つまりそのあたりは、彼らにとって確定事項、か。

 ベル君に、小声で囁く。


「ねえ、あのヒゲジジイ、何したの?」

「……ジャデリクですか。薬の知識で病人を治していたのですが」

「そのあたりは知ってる。でも、それだけでこんな憎まれるもの?」


 いくらか困った顔をしたのは、どこまで説明したものかということなのだろうか。

 廊下の向こうでは、魔女を追放しろ、だの、ここで殺せ、だのと段々物騒になってきている。

 ただ、ギャ次馬たちは明らかに騎士であるベル君がさっき、わたしに誓いを立てたのを見ている。

 暴徒化し、襲いかかったりしようものなら騎士が前にたつのがわかっているのだろう。やっきになりだしたあの蹴り男がけしかけようとしても、前に出てこようとはしない。蹴り男は今度はギャ次馬たちにも怒鳴り始めた。

 騎士がなんだ、あいつは魔女だぞ――正直、うるさい。

 ただ、蹴り男がそのあたりの誰かを小突いたあたりで少しずつ、ギャ次馬たちもこっちに近づき始めている。よくない動きの気がする。


「……随分昔の魔女が残した薬の知識で、ジャデリクの家は薬師をしていたんです」


 そのあたりも推測はついた。

 それだけで、立場のある人が悪魔呼ばわりされるだろうかというのもわかっている。

 わたしはベル君の顔を見続ける。

 観念した顔で、ベル君はやっと核心を説明してくれた。


「ずっと昔、当時の王を含む王族がばたばたと病で亡くなった事件があったんです。

 その病の流行に関わったという魔女が、ジャデリクの祖先だったそうで」


 ……そらあかんわ。


「魔女と、魔女の息子が手を組んでまた国を転覆させようとしているんだ!」


 誰かが――多分、あのターバンのおっさんだ――悲鳴のようにそう叫んだ。

 わああ、と。騒ぎ立てるように、引き気味の腰で、数人のギャ次馬たちがわたしに向けてじりじり距離を詰めてくる。

 ベル君が剣を抜こうとした。


「切るの!?」

「そのつもりですが」

「ダメだよ、多分これ、煽られてるだけだから!」


 思わずその手を掴んで、懇願する。先制攻撃は最大の防御だと思う。おどろきとまどっている! とかメタル系相手に表示された日には嬉しくなるし。でもこれは、生身の相手だ。その……平和ボケしてるのだろうとは、わかっているけど、さすがにずんばらりはリアルで見たくない。

 だけど、どうしたらいいんだろう、これ。

 どうしよう。

 距離はもう、5mもない――。

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