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69:騎士の誓い、魔女の疑い

 それはそれとしても、エーリはどこ行ったんだろう。

 ゼネガンが知らないということは、昨日、ロンゴイルさんのところでご飯をご馳走になる直前くらいから何処かへ行ってしまったということだろうか。

 あの子はこっちの後ろをついて歩いてまわったわりに、自分のことはあまり話さなかったから、あまりわかっていることがない。神殿にいれば会えるだろうかと思っていたのだけれど。

 なんとなく、ベル君と話し込んでいるゼネガンを見た。

 右手に固定したホウキモドキを左手で掴むことで、安定して扱えるようになっている。あれそのものを初めて見てから数日だというのに、随分と練習したのだろう。横でベル君は、さっきの宣言はなんだったのかというくらいこっちのことを忘れている。そうだ。さっきの宣言といえば。


「アディナ。さっきの、剣をどうのこうのって、あれは何?」

「騎士の誓いの作法です」

「……作法ってことは、よくあることなの?」

「普段から鎧を身に着け、剣を腰に提げるということを許されるのは、国王に誓いを捧げたということです。国を守るため、忠誠を捧げると誓う。だからこそ武装を許されているということなのですが」


 なんとなく腑に落ちず質問を重ねたわたしに、答えたのはゼネガンだ。

 いつの間にベル君との話を終えたのか。というか聞いてたんかい。


「国に剣を捧げるのは当然として、騎士というのも人それぞれですからね。それぞれやりたいこともあれば、守りたい相手もいるものです。

 何かしらの理由があって他にも誓いを掲げる騎士は、少なくありません。

 例えばベルの場合は、妹を守るという誓いがありましたかね」


 少し、にやーりとした口調でゼネガンが説明しつつ、その本人を横目で見る。話の中心になってしまったベル君は、少し頬が赤いが黙って姿勢を崩すことなく立っている。


「もっとも、儀礼的な意味しかありませんが。とはいえ人の前で行ったそれを破るような真似をすれば騎士としての信用は地に落ちます。

 私もあちらの野次馬の向こうから見ていましたが、あとは司教ですかね」

「ええ。先にお願いしておきました」


 確認を取られたベル君が頷く。


「お前が妹以外の女人にょにんに誓いを立てるのを目にする日が来るとはね。歳は取って見るものだ」


 感慨深く呟いたゼネガンが、しかしよく知っていたね、とアディナに話を振った。

 うーん……そういうってことは、やっぱりそんな一般的なことではないのだろう。


「子供の頃に、栄光騎士アウルルカの物語を親代わりの方から教わりました」

「ああ、なるほど」


 あう……なんだって? 他の面々が普通に語っているところとその雰囲気を見ると、あれか。桃太郎みたいな話なのか。まあ確かにこの世界の民話とかわたしにはさっぱりわかんないしなあ。

 ん? 待てよ。ということは、わたしの知ってる民話とかもこっちの世界じゃさっぱり知られていないってことになるのか。こっちの世界の文字はなんでか読めるようになったし、書けるような気もするから、多分書ける。じゃあそれで桃太郎とかの本を作って売ったらお金に成ったりしないだろーか。

 やったこれイケるんじゃない? これでもし昨日の酒代とか後日わたしに直接請求とか言われても払うあてができるってことよね。やった、夢の印税生活ってやつ待ったなしだ!

 そんな感じでいきなりホクホク顔を始めたわたしに気がついたのか、アディナが怪訝そうな顔で「どうかしましたか」と聞いてきた。ありがたいことに、体調を伺うような感じのその言葉は質問だとはカウントされなかったらしく、わたしの喉も勝手に返答しなかった。


「や、なんでもないのよー」


 ぱたぱたと手を動かし、あ、やっぱこの仕草オバチャンくさいな。なんて思った時だった。


「おい、高熱の娘が助かりそうってな、本当か」


 野次馬待合ギャラリーの方から、そんな声がかかってきた。

 その娘の心当たりは、わたしたちにはありまくる。その娘の兄であるベル君が、声のした方に向き直った。


「ええ、ありがたいことに」


 そう答えた途端、廊下は静まり返った。

 ざわついていた野次馬たちが、ぴたりと話すのをやめたのだ。

 そしてじっと、こっちへと集まりだす彼らの視線。

 すごく不穏な空気に、アディナが少し後退あとじさる。


「おい、聞いたか。やっぱり、あいつの言ってた通りじゃないか」


 野次馬のなかの誰かが一言、静かな廊下に言葉を落とす。

 それを皮切りに、廊下には批難と軽蔑、怨嗟が拡がった。

 ――わたしに向けて。


「なんて恐ろしい!」

「魔女が神殿の中を闊歩していたのか」

「それどころか寝泊まりしていたというぞ」

「何日か目を覚まさなかったんだろ? 神殿の聖なる気にあてられたに違いない」

「神に背いたんだ、賽子の出目を変えただなんて」

「それもわざわざ宣言してたって言うじゃないか」

「魔女が自分でかけた呪いを解いただけの話だろ」

「あの娘が熱を出す前に会った女も」

「魔女が」

「魔女だ」

「魔女め」


 ――まただ。

 また、わたしが魔女かと疑われている。

 それどころか、今度は、それが真実だと確定したかのような雰囲気だ。

 ベル君が、野次馬の視線から覆い隠すようにわたしの前に立つ。

 それもまた「魔女に操られて」だの「魔女に誓うだなんて」と、謗りになってわたしに投げつけられる。


 周囲の人の顔を見回しても、ただ険しい顔をして、または困惑を浮かべているばかりだ。

 何があったの?

 わたしが、何かしたの?

 恐怖さえ覚え始めたわたしの前に、野次馬の中から一歩、前に踏み出す男の姿があった。

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