62:藁の布団と、酔っぱらい
ここは旅人たちが仲間をもとめて集まる出会いと別れの酒場――ってわけじゃないけど、だいたいの構造はあれを思い出したら良いんじゃないかと思う。特に最初の三部作の、3の。わたしは今、そんな感じの酒場にいる。
いやあ、あれっておもったより合理的な作りなのね。
剣と魔法の世界を題材にした小説なんかでたまにみかける、一階は酒場、二階は宿屋って構成には意味があるってことをわたしは今悟ったわ。
あの、神殿のご飯のおいしくなさにゲンナリして帰ってきたわたしの鼻をものすごくくすぐった、肉を焼く脂の匂いといったら! そのままふらりと酒場の方に入っちゃったのはもう、許されるべきじゃないかと思う。
夕方になる前に寝る場所は確保してあったので、もう食べたらそのまま寝るだけだしーってなったのも、テンションの上がった理由のひとつだと思う。
「おお、おばちゃんイケるくちか! 飲め飲め! 奢らんがな!」
「うっさい、可愛い女の子だったらおごったんデショー?」
「あたりまえだろ!」
そう言ってゲラゲラ笑う、屈強な男に対してもまあわたしは年齢的に変に女性扱いされないようで、そのあたりだけは日本の居酒屋よりも過ごしやすい。女の一人飲みに対して絡んでくるおっさんは結構多いのだ。日本では、わたしはまだ若い部類に入った。だから一人飲みを、娼婦が男を探してるんだろうと言わんばかりの態度で見てくる男も多かったし、実際、5回に1回くらいは三万でどうだーなんて声をかけられる。声だけならまだいい、お尻はタダだろうとばかりに触ってくるおっさんの多いこと! そっちは3回に1回くらいのペースだ。何も言わずにただぺろーんと触って去っていくとか、純粋に痴漢だろうと思うのだが、警察に言ったところで一人で飲んでるのが悪いという態度を取られることが多いので諦めつつある。なんでも昔は、職場で普通にそうやって触ってくるおっさんさえ普通だったとかで。セクハラがどうのってのが定着するにはそれだけの土壌があったってことなのだろう。
非常に不愉快で、だいたい水をかけてやろうとばかりグラスを握った時点で逃げていくわけだけれど。「あなたくらいの歳が一番面倒なのが多かったわ、もうちょっとトシがいったら今度はオジサンたち、睨んで去っていくだけよ」とはどこかのお店の女将さんが言っていたことだ。
歳が行っているとみられることは、オバチャンの一人飲みは、こんなに楽なのか。
ただ飲んで馬鹿笑いしてるのが許されるってのが妙に新鮮で楽しくて、わたしは随分と飲んでいた。
あと何より、脂の多い肉はただ塩で焼いただけでもうまいのが素晴らしい。
真っ黒なパンはやっぱりワイルドな味わいだけれど、塩気のある肉、そして泡の立つ麦のジュース。
……ビールっぽいんだけど、ビールってほど苦くないしアルコールもほとんど感じられないのでジュース呼ばわりしてみているが、多分これは酒だと思う。どうせ中世っぽい世界なら、蜂蜜から作るというミードとかいう酒も飲んでみたかったものだけれど。もともとビールってミードの代用品なのだそうだ。
さらに言うなら、わたしは日本でよく売れているビールはだいたい苦手である。苦いから。だったらカクテル派かと言われたら、まあ居酒屋では飲みやすさの都合でそうなるのだが、外国から輸入した黒ビールとか何かの祭りで飲んだアップルビールとかのように本当に苦くなくて喉越しはビールな美味しいやつもあって、さらに最近はオクトーバーフェストとかでもドイツビールが中心の会場とかあるのでビールはビールで幸せである。お酒美味しいです。
潰れるまえに、いい気分で二階に戻る。あてられたのは寝台が二つある個室だったので、中にはアディナがいるはずだ。軽くノックする。しばらくすると、鍵の音がしてアディナがドアを開けてくれた。
一瞬、可愛い顔の眉間に皺が寄ったのを、おばちゃんは見逃さなかった。
「うへへ、ごっめんねえー、おさけおいしい」
「……少しお水を飲むことをおすすめしておきます」
寝台の横に置かれた水差しから木杯に少量の水を注いだアディナが、それをわたしに押し付けるように渡してくる。押し付けられなきゃ取り落としそうに見えるのだろうか。見えるか。見えるな。
酔っぱらいモードのわたしはおとなしくそれを飲み干すと、頑張って水差しの横に木杯を置き――それを頑張らなきゃいけないというあたりで、酔い方はそうとうひどい――ぼふりと寝台に身を投げだした。
「ちくちくする」
「藁ですから」
布で、藁を包んで寝具にしてあるようだ。神殿のは端切れだったので、質は段違いにあちらの方が良い。不特定多数が使うような宿のベッドなのだから、こういった中身が入れ替えやすいもののほうが良いのかもしれない。でもちくちくする。
ちくちくの不快さよりも、眠気のほうが勝ち始めてうとうとしていたわたしの視界に、アディナが何かを読んでいるのがうつった。
「なによんでるの?」
「……大したものではありません。もう眠りますか?」
『ねるー』
うひゃひゃと笑うわたしに少し呆れた眼を向けてから、アディナは部屋の真ん中を漂っていた光球に触れる。魔法の光のようで、それはふぅっと明るさを失い、小さな蛍火になった。
「アディナぁ……あなたね、結婚とか、かんがえたことあった?」
暗くなって、眠くなったわたしはなにも考えずにただそんなことを聞く。
この世界での結婚適齢期なうえに、クールビューティー系のアディナなので、そういうことを聞くには最適な気がしたのだけれど。
「結婚は……させられそうになったところを逃げてきました」
寝台に戻ろうとしたアディナが少し躊躇したので、悪いことを聞いたかなと思った矢先、きっぱりとそう言い切ったので、やっぱりまずいことを聞いたのかもしれない。
「アディナ、きれいな顔だもんねえ」
「綺麗、ですか」
じっとこっちを見るアディナの顔が少し悲しそうに見えて、なんだかしんみりしてしまった。




