60:マリアと、お茶漬けと髪の毛
「……つまり、わたしも精霊人だと?」
「その可能性が高いでしょうね」
ふつふつと、何かがわたしの中で沸き起こる。
「先ほど肖像を見たでしょう。あれが、自分の妻だった、マリアです。
自分が惚れこんで、妻になってほしいと頼んだ女でしたが……彼女に、あらゆる言語を解する才能があるとわかったのは、結婚したずっと後のことでした」
もし、彼女がわたしと同じような状況だったのだとしたら、すぐにわからなくても当然だろう。
なんせ違う言葉で話しかけられたなんて思いもしなかった。他の人から聞けば幾つもの言語を自在に操っているようにみえたとしても、自分自身は普通に会話しているつもりだったのだから。
「マリアにかぎらず、精霊人に関する文献を読む限りは多くの場合、精霊人は自身が精霊人であるという自覚を持っていないことが多いのです。だからこそ精霊人がみな人の世に益をもたらすとは限らず、中には人の世と決別することを選び、魔女になる者などもいます。
――今も、辺境にはまさに、魔女が住み着いています。
閑職に追われた自分が魔女懐柔の任についているのも、そのためで」
「懐柔? 討伐じゃなくて?」
「ええ、懐柔です。魔女といえ、もとは精霊人なのですから」
……ああ、そういうことか。
焼き芋をしながら、リーンが言っていたことを思い出した。
『お嫁さんにした男の人はすごい栄華を得るとかなんとか。
男の人ってそういう微妙にロマンのないロマンティックな話、好きですよねえ』
いま、わたしはかぐや姫が無茶振りをした理由を、心底痛感している。
「懐柔して、たとえばこの国――よくわかんないけど、国よね? 王様とかいるんでしょう? そのあたりに献上する予定だった?」
俯いて、表情を隠した。
今のわたしは、どう頑張っても人に見せられる顔をしていない。
「それとも、新しい嫁にでもする気だった? さっきわたしに突然プロポーズしたみたいに。
わたしも一度聞いたきりだけど、精霊人を妻にした男は、栄華とか栄光とか、そういうものが降ってくるんですってね? でも確かに、そのお嫁さんのほうが先に亡くなったらどうなるかなんて聞いてなかったわ。想像する限り、それまでの栄光のぶん揺り返しがくるってことでいいのかしら。
奥さん――マリアさんだっけ? その人が亡くなったのはつまり、3年よりも前の話なわけね、敗残卿」
絞り出した声は低くどろりとしていて、地の底に溶岩が流れているなら、その溶岩と同じような流れ方をしているのだろう。眉間に指先を押し当てて揉みながら、両手をあわせる。いくらほぐしても、鼻の頭に皺が寄るのをこらえきれない。
ロンゴイルさんは答えない。たぶん、わたしの怒りを感じ取ったのだろう。
首を振ってわたしを諭そうとしたのは、エクドバだ。
「ですが、ノーマさん。あなた最初に言ってましたよね。こんかつちゅう、だとか。
結婚相手を探しているという意味だと、教えてくれたじゃないですか」
そのとおりだ。
だけど。
「お断りします。そのプロポーズ、お受け出来ません」
立ちあがる。拒絶の言葉は、ほとんど叫ぶ一歩手前だ。
ロンゴイルさんは沈んだ目で、わたしを見ている。やめて。そんな目で見ないで。
「そりゃきっと、ロンゴイルさんは御立派な立場か何かなんでしょうよ。
それまで常勝路線突っ走ってるかずーっと負け戦やってたか、どっちかでもない限りわざわざ敗残卿なんて二つ名つかないし、それでもああやってクロ……クロシェア? とかに色気で狙われるだけの立場があるってあたり、前者なんでしょ」
確認したくて聞いたわけではないけれど、わたしの噛み付くような言葉にエクドバの方が頷いてみせるあたり、オジサンの言ってたとおり『貴族様』というやつなのだろう。
まったく、わたしの人生に貴族なんて、鳥貴だけで充分だわ。
「確かにわたしは結婚相手を探してたし、ロンゴイルさんはなかなか見かけないレベルのナイスミドルだと思うわよ。声も渋いし。格好いいわよはっきり言って。顔とか社会的立場とか、そういうあたり、こんだけレベル高いところから求婚されたら普通、飛びついて食いついて離れないってなレベルなんでしょうよ。そういう自信お持ちなんでしょ? だからそんなお葬式みたいな声で結婚してくれなんて言えるんだってことぐらいわかるわよ。
だけどねえ、明らかに亡くなった嫁さんの代理要求されて、はいそうですかなんて言えるわけないでしょ。
敗残卿がリベンジ決めるのに必要なのはかぐや姫のドーピングじゃないはずよ。
だいたいかぐや姫に言い寄るんなら、火鼠の皮衣ぐらい持ってきてからにしなさい!」
「かぐ?」
首を傾げているのはエクドバだ。ロンゴイルさんは、わたしが怒鳴りつけるのもじっと黙って聞いている。言われるがままでいるその姿勢に、わたしは更に苛立たされる。
否定しろとまでは言わないけど、反論くらいしてほしかった。
だって、これじゃあ本当に、わたしを代用品に求めたって、肯定してるようなものじゃないの。
「ですが、女性が結婚相手を探すというのは、そういうことでしょう?
子供を産み、社会的に守られるための、立場を得るための方法でしょう」
『冗ッ談サラサラ!
さらさらなのはお茶漬けと髪の毛だけにしてくれる?』
よくわからないことが口をついて出たけれど、勢いだけで生きているわたしらしいセリフだと思ったので別にいいや。
しかし、いやはや、なるほどねぇ。
この世界は本当に、女性に冷たい。
そんなの、元の世界でもそういうところあったけど、こっちはもっと前時代的ね!
「ちゃんちゃらおかしいわ。へそでお茶でも沸かしたい?
わたしはね、自分が幸せになるために結婚する相手を探してたのよ。
喜んで誰かの道具になるような、自分で自分の価値投げ捨てる真似、誰がするもんですか」
ああ――そうだ。
わたしは、幸せになりたいんだ。
自分のことを不幸だなんて思わないようにしてきたけれど、それでも、結婚目前で手ひどく捨てられたことに傷ついてないわけがなかった。そんなわたしを政略結婚で拾おうだなんて、許せないんだ。
自分の中の憤りの理由に、わたしは少しほっとした。




