58:埃の部屋と、肖像画
結局、オジサンの馬車の荷台に乗っけてもらって、ロンゴイルさんの家に戻った。
勝手にいなくなったことは、しこたま怒られたのだけれど、
「自由にしていてくださいとは言いましたが、どうしてそんな遠出をなさったんです」
「申し訳のないことで、どうもどこかで柵が切れちまったようで。
おらァの管理の、失敗ですから、怒るならどうぞおらァから……」
と、オジサンがたどたどしくも割って入ったことで流れが変わった。
「なんでそんな、普段方言使ってる人が頑張って標準語喋ってるみたいな状態なの?」
我ながら身も蓋もない感想だと思ったけれど、多分これ以上に、いまわたしが抱いているムズムズ感を説明する言葉がこの世に存在しない。
むしろ、それに疑問符の浮かんだ顔をしたのは、ロンゴイルさんだった。
「……何をおっしゃったのですか?」
『いや、なんでそんなぎこちない喋りなんだろうなーって』
オジサン、確かにちょっと何を言ってるのか考える時間は必要なくらいでたらめな方言だけど、会話ができないってほどじゃなかったし。そう、思ったままに素直に言うと、ロンゴイルさんは怪訝な顔をして、すぐ戻るから待っているようにと言って飛び出していった。
残されたわたしは首を傾げるほかにない。今度は執事のひとも、目を離してくれる様子はなさそうだったので、それならとばかり今度は家の中の探索をしてみる。涙目になっている執事なひとは、がんがん部屋を覗いて回るわたしの後ろでおろおろしていたのだけれど、ある部屋の前でだけ、頑なに首を左右に振った。
――そんなことされたら、意地でも覗こうって気にならない? わたしはなる。
その部屋から離れるふりをして、おおっとスカートの裾を踏んづけて躓いたってふりからの滑り込み! ふはは、これぞ悪ガキ時代に身に着けたイタズラのひとつ、位相空間強制転移!
……コケかけた時に裾を踏んでひどい目にあったのがこれで無理やり方向転換できるって気がついた発端だったりするのはとりあえず見なかったことにして欲しい。
そうやって押し入った部屋の中は、異様なほどに埃っぽかった。
「なにこの部屋」
掃除していないどころでなく、人の出入りさえほとんどない部屋に特有の、薄ら白くなるほどに積もった埃の層。執事的な人が悲鳴を上げているのが聞こえるが、それでも部屋に入ってこない辺り、『誰も入れてはならない』の類の厳命がされているのだろうか。
……あとで怒られるかな。まあいいか。
室内は、ちょっと豪華なつくりであること以外は普通の寝室のようにもみえた。
寝台の上に乗っている布団はもし山奥で遭難してこの部屋に出くわしたのならそれでも嬉々として潜り込んだだろう高級感のある生地で、だけど多分、めくったりしたら埃で死ねるに違いない。
大きめの暖炉は、もう明らかに長年火を入れた様子がない。
その暖炉の上に、小さな額に入った絵が飾られていた。
――あれは、女性の絵?
近づいて見てみると、それは確かに女性の肖像画だった。
息を呑む。
「……これって」
どことなくおっとりした風情のその女性は、ロンゴイルさんの奥さん、なのだろう。
どこかで聞いたとおり、その姿は確かにわたしによく似ていた。
いや、似ているって言われたら「そうね、目が二つあって鼻がひとつあって口もひとつあるあたり、そっくり。おまけに耳までふたつあるわ!」くらいの類似点しかないのだけれど、鏡で見るわたしにではなく、他人に撮られた写真で自分を見た時の違和感とでも言おうか、あの奇妙な「これわたしなの?」感、その絵を見た時に、強烈なまでのその感覚があったのだ。
その時、部屋の外から「はぁっ」と大きなため息が聞こえた。
目を向ければ、そこに片手で額を覆ったロンゴイルさんの姿があった。
「どうか、この部屋から出てください。この部屋には、他の誰も入ってほしくないのです」
――誰も。入っていい対象に、そう語るロンゴイルさん自身さえ含まれていないのは、一歩も入ろうとしないのを見れば明白だった。
勝手なことをしたのはわたしなので、神妙な態度で外に出る。
それでも、聞かなければならないと思って顔を上げた。
「奥様ですか?」
「……あれも、出産に耐えられず、亡くなりました」
妊娠は病気ではない、という。
その言葉の真意は、病気と違って治療すれば治るというものではないのだから大事にしろという意味だと、出産した友人は旦那への憤慨とともに語っていたけれど。
病気の治療法さえあやういこの世界だと、その言葉が存在していたとしたら、さらに深刻な意味をもつのだろう。
――リーンのことが、だいぶ心配になってきた。
今頃、まさに手術の途中なのだろうか。どうか無事でと祈る以上のことができない自分が、ふがいない。
「さて、少し確認したいことがあるのですが、お願いできませんか?」
『確認って、何のでしょう』
いのちが失われやすい世界では、心配はしすぎても仕方ないだけのこと、なのかもしれない。
話を切り替えたロンゴイルさんの表情に、憂いは見えなかった。




