56:食後の礼拝と、迷子(28歳児)
争いがあったのだということ、そしてそれに負けたのだということ。
言葉にすると歴史の教科書のようで現実感をもちにくかったけれど、ゼネガンの腕のことを思い出せば背筋にすっと冷たいものが走る。ホウキモドキの扱いのぎこちなさからしても、彼の利き腕が失われていることは明確だった。平和ボケしてるわたしは、騎士の鎧とかちょっと格好良いとかそういう感覚で見ていたけれど、その武具は飾りではないと、そういうことなのだろう。
わたしはぽけーっとしながら、外で手頃な石に座り、空を眺めていた。
あのあと、しばらく自由にしていてください、とだけわたしに告げて、ロンゴイルさんはどこかに行ってしまったのだ。
いやそんな、自由にっつったって、ねえ。
さっきベル君リーンちゃんのお母さんなマダムが婚活オーラばっしばしに放ちながらロンゴイルさんを挑発してた後で、なおかつ婚活オーラに理解を示してたナイスミドルが、マダムの消えたすぐあとにふらりといなくなったんだし。
なんかそういうことかなーとか思ったりするのも普通じゃないかと思う。
邪推だって働こうというものである。
よし自己弁護完了。
食卓に一人残されてしまったわたしはそんなことを考えてしまって、なんだかいたたまれなくなってしまったのだ。
直後に、水びたしになってしまった執事的なひとに、「卿はこの家にいらっしゃる時は、この時間の礼拝を欠かさないのです」とか教えてもらって、なんだかちょっとホッとしたり自己嫌悪が激しくなってみたり、いやそもそもそれでほっとするってわたしはいったい何を考えているのか。
そんなグダグダを心のなかに抱えたままじっとしているのもしんどくて、その執事的なひとに「わたしはロンゴイルさんの客としてこの家にお邪魔しているわけなんだけど、あの人わたしに自由にしていいって言ってたわよね?」なんてやーんわりと背中を丸めて睨む様な脅迫をして、外をうろつかせてもらっているのだ。
わたしは相変わらず、この世界から見れば異邦人のままで、例えばこの世界でこの年令まで生きてきた記憶がフィードバックされ、なんてこともあるはずなく、日本人の知識と常識で異世界に放り出されている。
……おや、そういえばこれが本当に、ひとりきりで放り出された初めての時間だ。
今更気がついたけれど、わたしはこの世界に来て早々にベル君に拾ってもらい、ヒゲジジイに異世界人だと知られ、ロンゴイルさんと神殿に向かい――神殿に来てからは多くの場合はアディナか、エーリがそのあたりにいたのだから。
ひとりぼっちで知らない場所に放り出された時、人間の種類ってふたつにわかれると思う。
つまり、じっとしてその場を動かない、遭難した場合だったら早く救出されるタイプと、ガンガンに歩き回って道を探してみようとし、むしろ行方不明になってみるタイプ。
わたしは無論、後者である。
いやあ懐かしいなあ。林間学校。
あれがない学校もあるというが、わたしのいた中学校は一年は年に一回、宿泊で林間学校に行く「宿泊訓練」を、二年生は年3回、日帰りで遠足に行くことになっていた。
本来は生徒にいろんな経験をさせよう、という企画だったんだと思う。だがわたしの学年は、いろいろあって遠足に行くことは一度もなく、二年続けてとある深い山の中に建てられた施設を使った宿泊訓練をするはめになったのだ。
なんか上の学年が遠足で行った遊園地で出禁くらうようなことをやらかしたとかで、急遽、生徒の自主性をあてにせずみっちりと訓練をしなければ、みたいな方針になったらしい。
わたしたちの下の学年は二年の時に別の遊園地に行ってるんですがそれは。
……ああ、まあ、ともかく。
二年連続の林間施設ともなれば、生徒も舐めたもので、キャンプ定番の怪談なんざしようものなら「その話去年聞きましたー」などのブーイングが起きるのである。しかも、中には小学校の高学年からPTA主催の林間学校に参加してた子もいて、それも全部同じ施設だってんだからもう、頭の良い子は建物の配置やらなんやらすっかり頭に入ってしまっていたりしたのだ。
わたしは頭のなかで「この道知ってる!」と思い込んで全然別の道を突き進んで行方不明になった。
はい。行方不明になりました。三時間くらい。
いやあ懐かしいなあ、ちょうど今みたいに、なんにもわからないのにずんずん突き進んで、もうもと来た道もわからなくなって、なのにちょっと引き返そうとしたりしてみて、もう自分がどこにいるのかまったくわからなくなるのよね、うん。今みたいに。
……はい、迷いました。
わたしはうずくまって頭を抱えた。
「ここどこ!?」
悲鳴をあげてもひとり。ははは、わたしは詩人にはなれそうもない。
そういや芋づる式に思い出したけど、結局わたしたちの年まで宿泊訓練のスケジュールは登山から始まって施設に到着してというものだったのが、後輩のときには登山をすることがなくなりバスで施設の真正面まで行くようになったと聞いてずるいなーと思っていたんだけれど、おおまかわたしのせいじゃんそれ!
ごめん先生マジごめん!
この年齢になってわたしようやく悟った! ものすごい心労かけてましたほんとゴメン!
異世界の神様、わたしのいた世界の神様に言伝しといてください。できるものなら。
そんなこんなでうごうごと吠えたりうごめいたりしていたわたしに、天啓にも等しい声が聞こえた。
「あんれ、おめさんそこでなーにしとんのォ」
いや、結果論で言うなら本当に救いの声だったんですけどね?
最初は、いったいオラ今度はどこの世界に来ちまったんだぁ? なんて思ったなんて、もう間違っても口にしませんですよ? はい。
こういう迷走した場面を書くのは楽しいのですが、読んでいてどうなのでしょう……と、たまに悩みます。
もし思うところなどあればご意見くださると、とてもとても助かります。
……お返事は塩対応気味なのも、自覚はあります!!!
ごめんなさい!!!!!!




