54:母と、娘
似たようなところがある、ということだろうか。
わたしとあの、妙に人の後ろに立ってくる白餃子とに共通点などないだろうと思ったけれど、はたから見たらそんなものなのかもしれない。
次に食事として出されたのは肉を焼いたものだったのだけれど、それの味をわたしは楽しむことができなかった。突然の来客があったからだ。
「失礼しますわよ、ロンゴイル卿」
左右に開く扉を真ん中から割ったように大きく広げて、そのひとは部屋の中にずかずかと上がり込んできた。こちらをちらりと見て、村娘的な服に何を思ったのか、鼻に皺を寄せて軽く舌打ちしたのが聞こえる。
ひと目で分かるほど豪華そうな服を着た、刺々しい物言いのその女性は、わたしと同じくらいの歳頃なんだと思う。
それよりも目を引いたのは、その水色の髪だった。
「うちの息子が、随分とひどい怪我をしたとお聞きしました」
「ベルデネモならもう問題ありませんよ、クロシェア様」
――やっぱり、ベル君と、リーンのお母さんなのか。
ただ、だとすれば何故いま苦しんでいるリーンでなく、ベル君の話が出てくるのか。
黙って様子を見ながら、わたしはまだ器に残っていたポタージュを匙ですくう。
「ああ、あなたにお聞きしていませんのよ、ロンゴイル卿。卿のもとであれば、あの子は無駄に苦しむことなくアムスコットの名に相応しい修練を詰むことができるでしょうと思っていたのですから。13年前のわたくしに教えてあげたいくらいですわね。10年の後に、卿の名は敗残卿と裏で嘲笑され、我が子も道連れに辺境警備などという閑職に回されることになるのですよと。
ところで、こちらの方はどなた?」
はやくち。
めっちゃ早口で、すごい芝居臭い。そして説明っぽい。
いや、わたしも大概芝居がかった喋り方をする方だとは思うんだけど、これではまるで、舞台に出てくる嫌味なおば様Aって感じだ。
少し呆然と見ていたわたしだったが、彼女がわたしのことを誰何してきた段になってようやく、それはまさに説明だったのだと、突然理解した。
「倒れていたところを保護しました。身元がわかるまでは、神殿の預かるところです」
「まあ、それでは身分もわからない行き倒れですのね。見たところわたくしと同じような歳ですのに、随分と若作りした服装ですこと」
「それは自分が貸し出したものです。
時流に疎い身ですので流行がわからず、街で服を売る娘に一揃えをお願いしたものですから」
「あら、それなら仕方ありませんわね。
卿は随分長く、女っ気のない暮らしをされていらっしゃるようですから」
随分と解りやすい手のひら返し。クロシェアというらしい彼女の目は、確かにわたしの方を向いていた。だけど、その視界にわたしは入っていない。正確には、排除する対象として認識している。
……婚活パーティーで何度か見た目だ。
条件の良い男と見れば徹底して媚を売り、そのくせ自分が安く買い叩かれることのないように、相手よりも立場が上であるかのように見せかける。その過程でもし同じ男を狙うような対立する相手がいるのなら、それを徹底してこき下ろす。
ブレーメンというかマウンティングというか。
蚊帳の外に押し出される気配を感じ取り、わたしは肉を乗せた皿を持ってきた執事風の男に何か飲み物をもらえないかとお願いする。
こういう時は巻き込まれないよう、置物に徹するに限る。
――しかし、婚活パーティーと違ってこの場にそう多くの人はいない。
巻き込まれずにすごせるはずもなかった。
「あなた、お名前はなんとおっしゃるの?」
「……ノーマです」
「あら、くちがきけたのですね。
ずっと黙ってらっしゃるものですからわたくしてっきり、お話しすることのできない方かと思いました」
すげえ、ここまで解りやすい嫌味は昨今聞いたこともなかったぞ。
されどわたしはにっこりと笑って受け流す。掃除のオバチャンなんて見かけても挨拶しないどころか笑い飛ばす同年代は意外と多いのだ。こういう扱いには、多少悲しいことながら慣れている。
「あなたお子様はいらっしゃるの?」
『いません』
「まあ、なんてこと。行き倒れるような方だけあって言葉遣いも悪いのね」
懐から出した扇で口元を隠しながら盛大に嘲ってくるクロシェア。
ずいぶんと無茶振りしてくるなあ。これはどう返答しても無茶苦茶言ってくるタイプだと見た。
「ベルデネモの怪我は、もう癒えています。連絡が遅れて申し訳ありません」
間に入って話題を変えようとしてくれたロンゴイルさんに、クロシェアは露骨に表情を媚びたものに変えてみせる。ふぅん……ロンゴイルさんのこと敗残卿とか呼んでたくせに、わりとがっつり狙ってるんじゃないの、このひと。
むしろ、それよりも気になるのは、息子のことは話題に出したのに。
「リーンちゃんのことは、気にならないんですか」
聞こえたら儲けもん、くらいのつもりで小さな声で呟いたそれは、確かに彼女の耳に届いたらしい。
ただ、その時彼女が見せた顔は、なんともこう、闇の深いというか、そういう表情だった。
「たかだかお産などという、どの女もやっていることで寝付くなど、情けない娘です。
わたくしはあの子より若い時にベルを産みました。あれくらいのことで死ぬなら、それはあの子の寿命でしょう」
わたしの眉間に皺が寄り、ロンゴイルさんの目は静かに閉じられる。
真顔でそう語ったクロシェアの目は、ぽっかりと空いた穴のように虚ろに見えた。
「……また寄らせていただきますわね。お食事中失礼いたしました」
奇妙な空気になったことを悟ったのかどうかわからないけれど、言いたいことだけ言ってクロシェアは出ていく。扉をばんと開け放ったせいで、わたしの頼んだ飲み物を運んできた執事的な人とぶつかりそうになり、盛大にひっくり返して服を濡らしたけれど、彼女は「何を無様なことをなさっているの。わたくしの服が汚れるところでした」とだけ言って去っていく。
「――ヤなひとだなあ」
わたしはぽつり、そう呟いた。
本心だった。




