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53:ウインクとポタージュスープ

 とにかく空腹だったのだと思う。

 この世界に来てから何日か経過しているというのに、食事をした回数はわずかだった。

 そのうち3日ほど寝てたとかいう事実は横においても、体の中、特に胃が自分の胃液で胃を消化しだしたんじゃないだろうかってくらい痛くなっていたのだから、我ながら我慢のし過ぎである。

 粥を一気にかきこんだわたしは、無意識に大きなため息をついた。


「ふぅううう~……」


 ふふ、という笑い声が聞こえて、ようやくわたしはロンゴイルさんの存在を思い出して姿勢を正す。


「す、すいません、あまり食べていなかったもので、つい」

「わかっています。数日、ずっと眠っていらっしゃったのですから」


 そう言ったロンゴイルさんの様子に、寝ているだけでもお腹は減るものだとこの世界でも知られているようだと気がついてほっとする。なんというか、今のわたしはいくら食べても食べ足りないような気さえしているのだ。

 やがて運ばれてきた器の中身を見て、わたしは「あ」と声に出して呟いた。


「ジャデリクの方も、準備はできたということのようですね。

 あとはあちらで始めていくでしょうし、今はどうぞ、食べてください」


 サツマイモの黄色が、ミルクで和らいでいクリーム色になったポタージュスープ。

 そう表現したら、わたしが目にしたものの説明として完璧だと思う。

 つまり、クマラ芋のスープができた、ということなのだろう。よく練って裏ごししてあるのか、舌の上でごろついたりすることはない。混ぜてあるのは多分ミルクだと思うんだけど、牛乳とは違う味で、ヤギのミルクに似た味の気がする。あれは一度、成城○井で買ってみたことがあるから味は知ってる。眠気もべつに襲ってこないので、イヌヨラズは別にして、後から混ぜる予定ということか。


「……リーン、ちゃんと食べられるといいんだけど」

「大丈夫だと思いますよ、あのはクマラ芋が好物ですから」


 ロンゴイルさんも、ポタージュを口にしている。わたしが先に食べるのを待っていたように思えるのは、イヌヨラズが入ってないかどうか見るためだったのか、それともそういうマナーなのか。

 どちらだとしてもおかしなことは何もないな、と思い直して、わたしはまたポタージュを味わう。


「本当は、これに合うんじゃないかと思ったんです。

 あの、ぱこーんと真ん中で割れている実を、一緒にスープにしたら」

「なるほど。――ですが、あなたも女性なのですから。あのように軽々しく木に登って採るのは、あまりおすすめできませんよ。どうか、近くにいる男手を頼ってほしかったですね」


 男手、と言いながら自身を示すロンゴイルさんに「すいません……」と謝りながら身をすくめる。

 たしかにちょっと、軽率だったなあとは我ながら思っている。

 だけどさ。


「あの実を取りに行きたいというのは、わたしが言いだしたことでしたし。

 イヌヨラズはヒゲ……ジャ……ジャデリクさんが持っているのは、わかっていたのに」


 寝起きのわたしに、あの実を見せてきたのはヒゲジジイだ。

 それなのに無理を言ってイヌヨラズを取りにいったわたしが、本当に欲しかったのは「何かをすることができた」ということ、その証明でしかない。

 特別なことを知っているわけでもないし、何かすごい特技があるわけでもない、魔法も使えない。

 当然、かつて第六天魔王だったりしたこともないし、英霊でもなければ世界と契約したはずもない。

 結局のところ、何もできない自分に焦っていただけの話でしかないのだ。

 ……まほう?


「あ。書き物さんのこと忘れてた」

「ぶふッ――エクドバのこと、ですね」


 あ、ロンゴイルさんが吹いた。凄い穏やかな笑顔で取り繕いつつ布で口元とか拭ってるけど、周りに少し水が散ってる。

 なんか申し訳ないのだけれど、どうにもなあ。


「元から人の名前を覚えるのが苦手なんですが、あの人、どうにも名前を覚えきれないんですよ。髪の毛同様に印象が薄くて」

「……それは言ってやら……やらないでやってください……」


 肩が震えている。どうしよう、ギャグを言ったつもりはなかったんだけれど。

 やがて落ち着いたようで、咳払いをひとつしたロンゴイルさんが教えてくれた。


「もともと、ジャデリクは時遅の必要を感じていたようで、昨日には自分にエクドバを呼ぶように要請してきていました。それでもエクドバは大急ぎで来てくれたようでしたけれど。

 神殿に着いてすぐ、こっそり裏に回っていましたよ。ジャデリクほどではありませんが、彼が使うような術も、あまり神殿では好まれませんから」


 全然気が付かなかった。でも、確かに司教にはじめてあった時、魔の術とか呼んでいたのを理解していたのに。まったく、思い込みで突っ走っていたものだ。


「あまり深く悩まないことです」


 わたしが肩を落としたことに気がついたのか、ロンゴイルさんがそう声をかけてくれた。


「あなたの言い出したことを元に、ジャデリクたちが行動しているのはわかります。

 もしあなたの意見がありえないことだったとすれば、ジャデリクも、司教様も、すぐにそうと切って捨てるはずです。

 ああして行動しているということは、一理あると、やってみるだけの価値はあると、そう判断されたまでのこと。

 特にクォセミ司教は、あの若さで司教になるほどの方。非常に柔軟な思考をお持ちです。

 ……少々、思い込みで動くところがあるのが玉に瑕ですがね」


 いたずらっぽくそう言うと、ロンゴイルさんは片目を閉じて見せた。

 ウインクと言うには長く、不器用だったけれど、ナイスミドルの仕草としては非常に可愛らしかった。

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