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51:開腹手術と、視野狭窄

 人を、切ったこと――?

 何を聞かれているのかと思う間もない。わたしの体は相変わらず、即答する。


『ないわ』

「それでは申し訳ありません。ここから先、あなたの立ち入りを禁止させていただきます」


 眼鏡の奥で、司教の目は冷たい。


「なんで、え、今まで普通に」

「この事態が終われば措置の解除は検討しますが、今はお引き取り願います」


 何を言っているのか、意味がわからなくて、理解が追いつかない。

 ヒゲジジイが、やれやれとため息を吐いた。


「……良いか。おまえさんは今、リーンの腹を切ると言ったな。

 だが、どれくらい切ればハラワタに届くか、そのどれが子を宿す場所か、わかるのか。

 いやそれならまだ良い。血の流れる様をどれだけ静かに見ていられるか。

 間違っても、その場で吐いてみろ。それがひとの腹の中に届いてみろ。

 汚れた手で娘御の腹に手を突っ込んだあの旦那と、何もかわらんことになる」


 はっとした。

 今更だと、怒られるかもしれない。

 わたしはどうしてか、そういったことがすこんと頭から抜けていた。

 ――いや、きちんと自分の思ったことを言う。

 きっとこの実や魔法を使えば、医療ドラマのような血が流れない手術をすることができると思っていた。ついこの間、ベル君の傷口を洗ったように。

 だけどたしかに、医療ドラマのようなことがわたしにできるはずはなかったのだ。

 子宮の中の膿をかきだそうにも、どれが子宮かの判別も、それが異常なのかどうかも、見てわかると思いこんでいた。イメージ図なら保健体育の教科書で見たことがあっても、外側の形状もよくわからない。

 万が一変なところを切っても、治せるのなら問題はないかも、なんてことさえ思ってしまっていた。ああ、さっき傷を追った記憶は消えないのに、なんて考えていたのに、どうしてそこに思い至っていないのか。自分の短絡思考にめまいさえ覚える。


「それにな。おまえさん、腹の中の物かきだすって、どうする気だった。

 おまえさんの発想は、確かに興味深い。だがな、実際にそれをやってみるには、まだ足らないものがたくさんある」


 かきだすのは……そうか、洗ってどうにかするつもりだったけれど、どうにかしようにも、真水でどうにかってわけにいかないかもしれないのか。というか、ここで「どうにか」が何度も出てくる時点で、わたしは本当にリーンを実験台にしかみていなかったということかもしれない。

 肩を落としたわたしの背を、ぽんぽんと叩いてヒゲジジイは続ける。


「責めているわけではない。

 これは実際に、人の腹の中のものを見たことがあるか、触れたことがあるかどうかの違いだと、わしらはみておる。だから司教はそう聞いたまでのこと。

 司教は、惨事の後にも見慣れておる。産婦の腹の中も、どういう状態が異常かも、みればわかる」

「なあ、じいちゃん……」

「わしはその手伝いよ。なに、年の功は並よりあるつもりだ、心配はいらん。

 だから、おまえさんたちはここまでだ。あとは待っておれ」


 人と話すのには慣れているのだろう。ヒゲジジイは場の空気を仕切りきっていた。横でエーリが何かを言い出す前に、年の功の話まで持ち出して黙らせていた。

 少し、途方に暮れる。わたしにも、何かできることはないのか。

 その時、階段を降りてきた人の姿があった。


「妹を連れてきました」

「ありがとう。私の部屋はわかりますね。部屋の奥の――」


 ぐったりして目を閉じたリーンを背負っているベル君が、司教といくつか言葉をかわしている。

 おもわず声をかけようとしたわたしだったけれど、ロンゴイルさんがそっと肩に手を置いたことに気がついた。え、と見上げると、ロンゴイルさんは静かに、左右に首を振った。


「ベルデネモは病人を移動させているようです。そちらを優先させてやりましょう。

 ここで呼び止めることは、あまり良いことではないように思います。リーンのためにも」


 ――わたしには、あまりにも周りが見えていない。

 それをやんわりと指摘されたような気がして、いや、実際そのとおりなのだろう。

 じっと床を見て、唇を閉じる。

 やがて、リーンを司教の部屋に寝かせてきたのだろうベルデネモが、こちらに戻ってきた。


「司教様。妹の腹を切るというのは、本当ですか」


 ちらりちらりと、こちらを見ながら――困惑と、怒り、だと思う。その目が妙に、ころころと表情を変えているように見えるその正体は。ともかく、司教にそう話しかけた。

 小声で、と手だけで指示して、司教は「本当です」と返す。


「……何をどうされるつもりかはわかりません。

 ですが、司教様がそれをするというなら、僕はそれに従います。

 ただそのかわり、ひとつ、お願いがあります」


 彼に向き直った司教の前で、ベル君はこんなことを言い出した。


「妹の腹を切るのなら、僕にやらせていただけませんか。

 僕はもう、兄としてこのままただ見ているだけなのは、耐えられない」


 ロンゴイルさんが、無言のままながらも少し身じろぎする。動揺したのだと思う。


「手が滑り、妹を切り刻んだ日には、僕は自分で自分の指を切り落としましょう。

 万が一にもそれを理由にリーンが死んだ日には、あの魔女の首を切り落とした後、僕自身の首をも切り落としましょう。

 だから、どうか!」


 いやいやいやいやいやいやいや、何をしれっとわたしを巻き込んで、いや確かにリーンが死んだらそうするって言われてたけどさ、ちょっと何その条件追加!?


「本気……の、ようですね。わかりました」


 司教もあっさり受け入れた!!

 わたしの顔は唇の両端がおもいっきり下に引っ張られて下顎がこわばって、なんだか凄い引きつり方をしている。がんばって顔をもとに戻してロンゴイルさんを見た。

 すごい生暖かい笑顔を向けられた。

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