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49:姫抱きと、時遅

 線路に落ちて電車に轢かれるのも、首を切り落とされるのも嫌だと思ったのに。

 回避のために動いた矢先で木から落ちるとか――わたしは結局、死ぬ運命だったのかな。

 恐怖よりも諦めが出てきて、わたしは目を閉じた。

 ――ひとは、死を目前にしたときに走馬灯が走るのだという。

 わたしはそれを今、全力で実感していた。

 思い出すのは、もう会えなくなった人のことばかり。

 ああ、お父さんはわたしを待っていてくれるのかな。虹の橋……は、犬か。でも犬も待っていてくれてるんだろうか。いやあ、あいつが待っているのはわたしじゃなくてお養父とうさんだな。

 誰でもいいな。わたし、ひとりじゃなくなるんだったら、もうそれでいいよ。そんな気がする。

 そんなことを思ったからだろうか。

 汗と土と埃の匂い――お父さんの匂いがした気がした。

 どさり、という音と、背中への痛みはほぼ同時に襲ってきて、て……うん?

 死んでないし、思ったほど痛くないぞ?


「ご無事ですか?」

『無事、みたい』


 きょとんとしたまま、わたしは自分の喉が勝手に答えるのを聞いた。

 目を開けると、すごく真剣な顔が視界に飛び込んできた。


「ええと……」


 状況が飲み込めない。

 起き上がろうとすると、自分の体重を支えているのがすごく少ない面積だと言うことに気がついた。

 あんれ? これ、うで?


「っくぁwせdrふじこ!?」


 理解した。

 と、同時にどうやって発音したのは自分でもわからないけれどそうとしか表現できない声が出た。


「あなたも病み上がりなのですから、あまり無理をしてはいけませんよ」


 怒るでなくそう微笑むと、ロンゴイルさんは腕からわたしをそっと下ろしてくれた。

 ――そう。

 枝から落ちたわたしを、咄嗟にだろう、ロンゴイルさんが受け止めてくれたのだ。

 お姫様抱っこで。

 お姫様抱っこで!!!


「あ、りがと、うござい、ます……」


 顔があつい。

 つか目がうるんで視界がゆらぐ。

 ええいこの胸の鳴り止まぬ動悸はなんだ!

 いや止んだらやばいけれど!


「ノーマ、だいじょうぶか!」

「あ、え、うん、大丈夫よ、大丈夫」


 エーリの切羽詰った声で我に返った。

 手の中を見る。アケビっぽい実と、イヌヨラズの実、その両方がそこにあった。

 わたしはあの状況でも、これを取り落とさずにすんだらしい。

 ……けど、このアケビっぽいの、美味しかったよなあ……。

 それを思い出すと、お腹がぐぅう、と鳴った。


「今の音は」

「気にしないでくださいさあ行きましょうリーンが待ってるわ!」


 何か言いかけたロンゴイルさんの言葉を遮って、わたしは立ちあがる。

 ……恥ずかしいです、はい。

 いや、腹の虫の音を聞かれたことも恥ずかしいんだけど、あれだけ堂々と登っていって落ちたりしたのも恥ずかしいし、何よりその、助けてもらった結果とはいえお姫様抱っこは、なんというか、この歳になって初めてされたのだけれど、相当にはずかしい。ちょっとロンゴイルさんの顔まっすぐに見られない。

 逃げるような気分で、わたしは神殿へと戻るために道を戻り始めた。


「戻ってきおったか」


 開口一番、ヒゲジジイが言ったのはそんなことだ。

 神殿の前でぽつんと座っていて、不満そうな顔で睨みつけられた。

 わたしは舌を、んべっと出してやった。ヒゲジジイも、ふん、と鼻を鳴らす。

 ――よくわからなくって、ただの勘と思い込みで話すけれど、多分、ヒゲジジイは元司教として何かの思うところがあるのだろう。過剰に責任を感じているようなところがあって、わたしはそれが不満だから出来る限り軽んじてみているだけだ。どうやらヒゲジジイはそれをわかってくれているらしく、怒ったり嫌がったりしているわけではなさそうで、わたしはちょっと嬉しかったりする。なんとなく、こういうやり取りが楽しい。


「おかえりなさいませ」


 と、思うと砕けた雰囲気を投げ捨てたヒゲジジイが、わたしの後ろから来たロンゴイルさんに深々と頭を下げる。ここの関係性、わたしにはまだよくわからない。


「よっす、じいちゃん。帰ったぜ」

「ほら、そんな言葉遣いしないの」


 元司教だということは知らないエーリが、気安く声をかけている。

 せっかく可愛い顔してるんだから、もっと丁寧な言葉を使えるようになれたらいいのに。


「そんで、リーンは?」


 ――子供は、容赦がない。

 まっすぐにそう聞いてしまうのだから。

 ヒゲジジイも一度目を丸くすると、エーリの頭をぐりぐりと撫でた。


「寝たり、起きたりじゃな。熱が酷いから、今日はもうお前さんは会わん方がよかろうな」

「ふーん……おとなしくするくらいできるけどなあ」

「横に人がいるってことがしんどい時があるんじゃ。熱だしゃわかるわい」


 笑い飛ばしてみせるが、どうやらさっきよりまたひどくなっているということか。


「……一刻を争うようですね」

「あとは、とき、おそ? とかなんとか、そういうのを使える人が」


 言いかけたわたしの手を、ロンゴイルさんが握る。

 その仕草で気がついた。焦る気持ちがそうさせたのだろう、わたしは親指の爪を噛んでいた。

 やめさせようとしてくれた、ようだった。


「大丈夫ですよ。時遅ディレイの使い手なら、あなたも一度会っています」

「それって」


 この世界に来てからわたしが会った人なんて、そう多くない。

 しかもそれをロンゴイルさんが把握している相手となれば、限られてくる。

 心当たりの顔を思い浮かべたタイミングで、その声が聞こえてきた。


「ロンゴイル様! お呼びだとお聞きしましたが」

「ああ、頼みがあるのだ、エクドバ」


 ああ――確かに、見覚えのある姿だった。

 大きな石の付いた杖をかついだ、あの人は。


「あなたは、前髪の後退が怪しい書き物さん!」


 聞こえてしまったらしく、書き物さんはおもいっきりつんのめってコケた。

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