48:ヘンゼルとグレーテルと、赤マント
ふたたび、神殿の裏山を登る。
今度は舗装された道を使っていた。
「この先が、あなたが倒れていた場所だと聞いています」
倒れているところを見てしまったらしく、妙に過保護になったエーリに手を引かれながら、ロンゴイルさんを先導にして、三人の道中である。道を使えば、前よりも容易に山を登ることができたけれど。
「……イヌヨラズ、見当たらないですね」
不思議なことに、あれはどうやら人通りのあるような場所にはならないもののようだった。
ロンゴイルさんは少しヒゲが伸びかけた顎を撫でて、ふむ、と呟いた。
「魔女の季節が近いので、あの実がなっていることそのものは、おかしくないのですが」
「その魔女の季節って、なんなんですか?」
「そうか、ノーマは知らないんだな」
自信たっぷりの顔でわけのわからないことを言ってくる子供って時々鬱陶しいものがあって、日本にいたころは苦手だった。エーリは8歳だと言っていたけれど、いろいろと考えていることはあるようで、話がきちんと通じる方だ。いや、酷いこと言ってるとは自覚あるんだけど、小学校低学年の子とか、時々世界に自分以外の誰もが存在していないかのように振る舞う時があるでしょ? 初対面の人相手に自分の名前をあてろ(※ノーヒント)とか自分が今何を手に隠しているでしょうかクイズ(※ヒントなし)とかさ。いやあ、わたしにも覚えがあるわ……。
ああ、ともかく。相手が知らないことをきちんと知らないことであると認識し、それを説明できる子供は話しやすくて良いということである。
「魔女ってさ、大人が言うことを聞かない子供を脅かすために使う、脅しみたいなものなんだ。
悪さばっかりしてると魔女に食べられてしまいますよ、とか。
大人の言うことを聞かずにいると、魔女が魔物をけしかけてきますよ、とか」
ん?
なんか妙な引っかかりを感じて、ロンゴイルさんに目を向ける。
わたしと目が合ったロンゴイルさんは、エーリには見えない位置で苦笑混じりに人差し指を唇の前に立てていた。
何も言わないように、ということだろうか。
「そんなのいるわけないんだけどさ。
そういうの、信じちゃうような子供は魔女を怖がって悪さをしなくなるからな。
もうすぐ寒くなってくるだろ、そしたら魔女が外をうろつく季節になるんだ。果実は土の中で眠って暖かくなるのを待ってるし、寒さを嫌がって獣も外に出歩かなくなるから、魔女が食べる物を探してうろついているっていうことらしいんだけど。
だからその季節は子供だけで外に出歩いてはいけません、おなかを空かせた魔女に連れ去られてしまうから、って子供を脅かすのが定番なんだよ」
ドヤ顔のエーリとは対照的に、ロンゴイルさんは苦笑を浮かべたままである。
ふぅん……なんとなくわかった気がする。
子供向けに鬼から電話が来るアプリなんてのもあったけれど、つまりはそういうことなのだろう。
ただ、どうやら大人たちは魔女を本気にしている、というのが違うところか。
子供の頃好きだった漫画に、そういう展開のがあったなあ。赤マント。子供を狙う怪人から子どもたちを守るために、大人たちはそんなのいないよって言い出すっていう。あれのドラマ版は……いやその話はやめておこう。
そうこうしているあいだに、見え覚えのある場所についた。
「ここまで来ちゃったな」
エーリが心配そうにわたしを見上げる。やはり、わたしが倒れていたあたりのようだ。
となると、どこから抜けてきたかって話よね。
周囲を見回して、わたしはある方向を指差した。
「あっちから来て、ここに出たわけだから、戻ってみたらいいんじゃないかしら」
ふたりの反応を待たず、わたしは木をわけてずんずんと進む。
実は、エーリが道がわからないといい出した後にさっきの沢に出るまで、本気で遭難するのは嫌だと思って時々、木の幹に小さなキズをつけていた。その時はヘンゼルとグレーテルの気分だったけれど、こういう形で役にたつとはねぇ……なんて感慨をちょっと持ちながら、ふと頭上を見上げる。
あの、アケビに似た実がなっているのが見えた。
イヌヨラズと、クマラ芋――というかサツマイモだ、わたしの認識だと。あれの味がほとんど大差ないことは、わたし自身が身をもって知っている。あのアケビに似たやつはイチゴを薄めたような味だった。あれも一緒に裏ごしにして、なにかの出汁でクマラ芋のポタージュにしたら、食べやすいかもしれない。
あたりを見回して、手頃な高さの枝に足をかける。この服装で木に登るなら、こうやってジャングルジムの要領で行くほうが間違いなさそうだ。
エーリがわたしの動向に気がついたらしく、声をかけてくる。
「ノーマ、何してるんだ?」
『ちょっとあの実、取ってくる!』
よっ、ほっ、といくらか高いところに登って見回すと、あまり無理なく届きそうな場所に実ったやつがひとつ目についた。ついでに、その隣の木にツルが巻きついていた。目を凝らす。
「あった!」
声を上げた。
間違いなく、途中にくっついているのはムカゴっぽいあいつだ。あれがイヌヨラズのはず。
アケビっぽいのをむしり取った後、わたしはそのツルに取り付こうとして手を伸ばす。
もうちょっと手を伸ばせば届きそうだ。もうちょっと――
「あっ」
足を乗せていた枝が、みしりという音をたてた。
まずい、と思ったときにはもう遅い。めきめきと、続けざまに木の悲鳴のような音があがり、わたしのからだは宙に投げ出された。




