47:乙女回路と、一年草
「……すまんの。わしのせいだ。その女には、嘘がつけなくなるように薬を飲ませてある」
罪悪感か、話がややこしくなる気配を察してなのか。ヒゲジジイは「この女に挑発の意図は、なかったのだ」とまで補足した。
「何故そのような薬を」
「目が覚めたと聞いて、くわせた。
この女がリーンに悪行を働いたのではないかと、わしも疑ったものでな」
ヒゲジジイが軽く目配せしてくる。そういうことにしておいてくれるらしい。
「お前はリーンに何も悪さをしていない。そうだな?」
『そうよ』
何も言わず、わたしは口を引き結ぶ。
口を開いていないのに声が出ている様を、司教に見せつける。
司教はため息を吐くと、諦めたような態度で首を左右に振った。
「その薬なら、私も使われた覚えがあります。まだ作っていたのですね……」
「まあの」
悪びれない態度の元司教が、現司教に胸を張る。
「薬草は魔女の使うものとされてしまったが、本来は人の助けにもなるものだ。
神殿は相変わらず、薬を忌避しとるようだがの」
「悪化したのは間違いなくあなたのせいです、ジャデル翁」
クォセミ司教は眼鏡を外し、指先で眉間を揉みながら目を閉じる。
他の病人が寝ている寝台とは少し離れていたけれど、それでも一層声を潜め、近くにいる人間以外――なんなら寝ているリーンでさえ、耳をそばだてないと聞こえないのではないかというくらいの小声で、ヒゲジジイと何か話し始めた。
わたしはもう、無駄なくらい一生懸命に聞き耳を立てる。
「まあの、神殿からすれば消し去りたい汚点じゃろうしな。
傷を癒やす術が使えないのに神官に、どころか司教になったものがいたなどと」
「誰も使えない、病を癒やす術を持っている……そう言われていたのでしたね。
その真相は薬草によるものだと暴かれ、追放されて。
そうやってあなたを追い出した挙句が神の御許での権力闘争だなどと、まったく愚かしいことに明け暮れた時代があったものです」
おお、黙っていても満たされていく好奇心。
そんな経緯があったのか。そういえば神殿に着く前の晩、薬は教えに背くものだとされてるとかなんとか、教えてくれたのもヒゲジジイだったはずだ。
リーンの額にあてなおそうとしていたのだろう、絞られたままでほうっておかれた布を手に取る。男の人の手が絞った後だからだろうか、ほとんど水気は残っていなかった。椅子に座って、リーンの額にあてなおしてやるとひんやりした感触が気持ち良いのか、少しほっとした顔を浮かべて、うぅん、と呻く。
むやみと情の深いお嬢さんなんだろうなあ、なんてことをふと思う。
ひどい目にあったのは間違いないのだろうに。
わたしだったらめちゃくちゃしんどい時に、まわりのことを気にしてる余裕なんて、絶対にない。ましてや、自分が死ぬかもしれないなんて前提で残される人のケアを考えるような心境なんて、想像もつかない。
それに――わたしは膝に肘を置いて、顔のまえで手を組む。
この子には見透かされているような気がしたのだ。
わたしが、彼女の出産を心の底から喜んでいないということを。
正直に言えば、若い娘さんが大きなお腹を抱えているのを見た時最初に考えたのは、彼氏を奪ったあの女のことだったのだ。リーンに限った話ではない。若い妊婦を見かけるたびに、婚約を破棄されたあの日から、なんとなく抱えてしまったコンプレックスめいた何かを強く自覚させられてしまっている。
つまり、いわゆるひとつの個人的『羊水が腐る』事件というか。
あのとき言われてしまったのだ。
『女は若ければ若いほどいいって、男の人は思ってるんですよ、おばさん』
ああ――思い出しただけで、頭の奥がずぅんと重くなる。
若さってのはなんて無謀なんだろう。
あの時の後輩さんも、5、6年もすればその時のわたしと同じような歳になるのに、それが見えていなかったのだろう。わたし自身も、その一言をどうしてあんなに重く受け止めたんだろう。
若けりゃ若いほどいいのなら、どうして子供を産むのに適してない年齢なんて話になるのよ。
つかそれでいいなら人間なんて一年草でいいよ。もしくは人工子宮でスーパーコーディネイター作って男だけの世界を生きて、乙女回路の成長を待つがいい!
心のなかで思う存分八つ当たりを決めたところで、現実に立ち返ってみる。
眼の前にいるのは? ――苦しんでる女の子だ。
わたしには関係のない子よね? ――そうね、死んだら殺される程度の他人よ。
それ無関係って言わなくない? ――イグザクトリィ!
そこまで考えて、苦笑する。
ああ、なんてイヤな大人になったものだろう。
これが少年漫画の主人公なら、『オレが助けたいと思った、だから助ける!』って大ゴマで叫んで背景に「どん!」の書き文字で済む話なのに。
ぐだぐだとこれだけ自分に言い訳して、理由を作ってやって、それでやっと動こうという気になるんだから。
そうよ、わたしはリーンを死なせたくない。殺されたくないとか関係なく、あれだけ人懐っこく笑いかけてくる女の子を助けたい。本心なんて、ただそれだけの話だったのだ。
以前同じ属性の相手に嫌な目にあわされたことがあったのは確かだけれど、それだけではこの子を嫌う理由にはならない。
ひとつ覚悟を決めて、わたしはヒゲジジイに顔を向ける。
「ヒゲジジイ。イヌヨラズって、どういう薬なの」
「厳密には薬ではないが。まあ、効果そのものは自分でよくわかっとるだろ。
とにかく眠ってしまうのだ。そうなあ、ベルデネモの腕を縫った時、あやつは眠っておっただろう。あれがちょうど、イヌヨラズを薄めたものを飲ませ……待て、サワキ。まさかおまえさん」
「さわか。あと、発音が無理そうならノーマでいいから。ほんとに」
察しが良いのは助かる。
今度は司教に向き直った。
「わたし、死にたくないもの。
そうでなくても一度死んだと思ったのに生きてるんだから、無駄に早死にしたくないわ。
でもこのままじゃ、残念ながらベル君に斬り殺されちゃうかもしれないし。
首を切り落とされたら、さすがに司教の術でも治せないでしょうから」
「……切り傷などはすぐに治せます。多少傷が深くとも、神のお力は届きます。
ですが切り離されたものをつなぐことはできないのです。……いったい、何を」
こっちはものすごく怪訝そうな顔。
むしろそれが普通よね。
「あとは、ときおそ? あれを使える人ね。その辺、ヒゲジジイ、頼んだわよ」
「待て、おまえさん、本当にやる気か!?」
『もちろん』
あとの説明とか準備とか、任せた!
無責任にそれだけ言うと、わたしは部屋を飛び出した。
風除室も勢い付けて抜け出して、階段の下を覗き込む。
「ノーマ!」
あのおませさんの声がした。
たぶん時々見に来たりしていたのだろう。心配そうに見上げていたようだ。横には子守を買って出てくれたロンゴイルさんもいる。
「エーリ。ちょっとお願いがあるんだけど――」




