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44:クォセミ司教と、ヒゲジジイ

ちょっとキツめの痛い系な描写があります。

 他の人もいるから出来る限り静かにと、風除室的な場所に連れて行かれた。

 扉を閉じてしまえば真っ暗な空間は、さっきまで薄暗い部屋にいたのにそれでも少しの間、周囲が見えない。元いた世界では、声しか聞こえない場所なんて、意図的に作らないとなかったな、なんて益体もないことをふと思った。


「先に聞いておくけど。あれって産褥熱ってやつよね?」

「……おそらくですが」


 司教が頷いた気配があった。もっとも、すぐに見えないことに気がついたのだろう。


「それは妙な話だの」

「ヒゲジジイ?」


 奇妙なほどに真剣な声を出したジジイの様子に、わたしは思わず戸惑った。


「もうしわけありません、ジャデル翁」

「今はただのジャデリクに過ぎん。だが、聞き捨てのならんことだ」


 なによ。なによ。なんなのよ。

 わたしのこと置いてけぼりにして、何をふたりでシリアスしちゃってんのよ。


「よもや、わしの書をみな捨てたとでも言うのではあるまいな」

「さすがに、そのようなことはありません。ただ、禁書に相当する扱いで……」


 正直にいって、微妙におもしろくない展開。

 ヒゲジジイと神殿の間に確執があったっぽいのはわかってたけれど。

 これって、ヒゲジジイ、元は神殿の人ってことじゃないの?


「なに。ヒゲ。あんたこの神殿にいたの」

「ジジイすら消しおったか」


 ジジイとヒゲと、どっちで呼ぶか一瞬考えたのだが、司教がヒゲを生やしていない以上この場ではこっちのほうが適切だろうと思っての選択である。感謝しろとまで言う気はないが、誰のことを指しているかわかるんだからいいじゃないか。

 わたしはそう思ったのだが、それを嫌がったのは別の人だった。


「先日も思いましたが、なんて恐れ多い呼び方をするのですか、あなたは」

「あー、やっぱエライ人だったとかいうオチ?」


 すごく居心地の悪そうな声をあげたのは、司教だ。

 わたしは、ふーん、と。適当に相槌うって聞き流す。


「わしはあの症状を避けるための方法を書き残したはずだ。

 誰があれを禁書にしようとも、お前は確かに読んだはずだろう、クォセミ」

「もちろんです、ですが、今回は――」

「ねえ!」


 何やら続けている二人の会話をぶったぎって、わたしは声を上げる。


「なんですか、室内には病人もいるのですからお静かにと」

「責任のなすり合いなのか凡ミスの確認なのか知らないけど、それ今必要なこと?」


 イライラを隠しきれていない司教の声だったけれど、わたしはそのあたり一切無視して、いっそ腹立たしいんだぞという感情全部乗せで噛み付く。絶句した白服がたじろいだのがわかった。実際のところ、白い服のせいで司教の場所はおぼろげながらずっと見えていたんだけれど、あの生餃子妙に姿勢良く立ちっぱなしていたものだから、ようやく反応らしい反応が見られた気分だ。


「……そうじゃな。すまん。

 クォセミよ。わしにしても急変の報せを耳にしたのは今朝の話だ。

 さっき起きたばかりの女にもわかるよう、あの娘御むすめごに何が起きたのか話してくれんか」

「わかりました」


 司教はようやく、重たい口を開いてくれた。

 それは、あんまりな内容だった。

 概要だけ摘んでいくと、いざ出産しようとしたリーンはどうやら子供を産める状態ではなかったらしい。そこで司教の立会のもと、腹を切って子供を取り上げようとしたのだという。

 ――帝王切開については、予想していたことでもある。切った後を即座に治す方法があるのなら、躊躇もないだろうし。産める状態ではなかったことについては、詳しくは聞かなかった。立ち会うことに慣れている人がそう言うのならそうなのだろう。逆子だとか、骨盤が小さいだとかいろいろあるのだろうし、何よりわたしに微塵も知識がない。

 そこでアクシデントがあったのだそうだ。

 なんでも、リーンの旦那さんが気が急いたあまり、制した司教たちを無視してまで彼女のお腹に手を突っ込んで、子供を抱え上げてしまったのだという。


「男の子が欲しかったようで。

 女だとわかった途端、肩を落としてリーンのお腹に戻そうとしたくらいです。

 その後見舞いに来る様子もない上、これで彼女が死んだなら次は男を産める娘を探すと言い出す始末。

 ……ベルデネモが殴っていなければ、私がやってしまったかもしれません」


 なんてこと。中に(男の子は)誰もいませんよって、冗談にしても寒すぎる!

 司教も冷静に喋ってはいるが、その内容は随分怒りを感じたことがわかるものだ。


「なんでそんな相手と結婚なんかしてるのよ……」

「あの娘御が、自分で選んだ相手ではない。いろいろ都合があるんじゃ」


 政略結婚ってこと? あの子が?

 そう言えば、芋を焼く直前、リーンはなんと言っていただろう。『相手の顔も知らないうちに結婚するよりずっといい話』――だったろうか。それは、もしかしたら自分の状況を鑑みての話だったのではないか?

 だとしたら……その時に、彼女とその旦那の関係性に、そのいびつに気がついていたとしてもわたしには何もできなかっただろうけれど、それでも、思ってしまう。何かできたことがあったのかもしれない、などと。そんなのは思い上がりだって、わかっているのに。


「クォセミ。お前は、それをただ見ていたのか?」

「いいえ。ですがそのようなことをしでかすとは思いもよらず……もうしわけありません、司教」

「阿呆。今の司教は、お前だ。わしは所詮、馘首になったイカサマ爺よ」


 は?

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