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43:がんこもの、ベルネモデ

「……そろそろ、教えてくれてもいいんじゃないの?」


 リーンの身に何が起きたのか、何があったというのか。

 幾度も聞いているのに、誰も答えようとしない――彼らが、それを語ることを避けていることは、さすがにわたしにもわかった。だけど、このままでいることもできない。


「あなたには関係ありません」

「そうとも言えないんでしょ? もしかしたらわたしが何かしたかもしれない。

 そう言ったのは君よ、……ベルネモデ」

「ベルデネモです」


 こころがいたい。

 筋を通すべき場だと思ってちゃんと呼んでみたつもりがやっぱりどこか間違えた。

 間違えないようにしよう! って気をつけすぎるとかえって間違えてしまうものよね? ね?

 ……と心の中で動揺してても仕方がない。


「そう言ったのは君よ、ベルデネモ」

「言い直してる場合かよ」


 どこか呆れた声を上げたのは、ずっと横についていてくれたエーリだった。

 ……そうか、もしかしたら。

 エーリのことを示唆するように視線を注意して、周囲を見回す。

 ロンゴイルさんとヒゲジジイが、やんわりと頷いた。

 子供の前では話しにくいこと、なわけか。


「ねえ。リーンのお腹……子供は、どうなったの」


 だから、子供でも気になっておかしくないことをまず聞いてみることにした。

 そっちの方面で最悪の事態だったなら、消沈したベルデネモの前で聞くのもはばかられるだろうけれど、実はそれはないだろうと確信している。

 理由は簡単だ。当のベル君がさっき取り乱した時に、子供のことを口走らなかったから。

 だけどそれに答えようとしたベル君は、わたしには答えず寝台に飛びついた。


「あかちゃん……」

「リーン!」


 小さな声。

 囁くのがやっとのような声で、リーンが呟いたのが、聞こえたから。


「ノーマ、さん、だいじょうぶですか?

 あのあと、たおれたって、きいて……おどろいたんですからね?」

『わたしは大丈夫よ。驚かせてごめんね』


 うふふ、と笑うリーンの、どこか虚ろな表情。朦朧として、呂律の怪しい発音。

 心配そうに妹を見るベル君に、アイコンタクトを試みてみる。

 伝わったらしい。少し不安そうな顔ではあるものの椅子を譲ってくれたので、座る。

 エーリも、わたしが何をしようとしているのかに気付いたのだろう、手を離してくれた。


「あかちゃん、うまれたんです。ほぎゃあって、ないてました」

「今は、人に預かってもらっています。昔から付き合いのある、信頼のできる方です」


 短く、早口でベル君が補足する。リーンに負担をかけさせないためでもあるのだろう。


「そっか」


 かけられた毛布の上から出ている手を握る。力のこもらない手で握り返してくれた。


「おつかれさま――おめでとう、リーン」


 わたしにとって、それは普通に出てきた言葉だった。

 だけど、それを聞いたリーンは目をすこし見開いて、笑う。


「……ほんとうに、ふしぎ。

 のーまさんに、そういってもらえるの、うれしいです。

 やっぱり、おにいちゃん、どうですか」


 熱い掌だ。顔も真っ赤で、熱がひどいのはすぐにわかる。

 だというのにまだ――いや、むしろあえて、だろうか。周りに、わたしに心配をかけさせないために――そんなことを言いだしたリーンに、わたしは笑ってしまいそうになった。


「は? なん?」

「後で説明するから」


 今、意味がさっぱりわからなくてキョドっているのはベル君だった。

 唐突に出てきた自分の話題に、何を言われているのかまったくわかっていない顔だ。

 ははは。わかってたら目を白黒させるか怒るかもできただろうに。

 とりあえず黙ってて、と短く告げる。


「そのあたりは、リーンが元気になってからの話ね」


 わたしだって、同世代に妊娠出産したやつがいないわけじゃないから、単語程度の知識はあるけれど……これが産褥熱とかいうヤツなのだろうか?

 そう考えると、いっそ奇妙なことに気がついた。

 この世界の衛生観念からすれば、産後の肥立ち――大雑把に言えば、元の体調に回復するということ――が悪いなんてことはざらにありそうなものだけれど。いや、よくあることであっても身近な人に降り掛かっているかどうか、という問題なのかもしれない。

 交通事故で死ぬ人は毎年たくさんいるけれど、交通事故に遭うと思って暮らしている人はいない、みたいな意味で。


「あたしが、げんきに……ですか。

 こまったな、それじゃ、おにいちゃんまた、こわがっちゃいそうです」


 意識が少し薄らいできたのだろうか。

 大きく息を吸うと、リーンはぽつぽつと、つながりも悪く何かをつぶやき続けた。


「あたしが、いないと……ベルにい、せんたくもの、たたまないし……」


 内容はともかく――自分の死を、覚悟しているのか、この子は。


「そんなこと言っちゃダメよ」


 わたしが今持ち出せる最大限の優しさをフル稼動させて、ゆっくりとたしなめる。

 その声は、少女に届いただろうか。


「だれかが、だいじょうぶだよって……。

 そういって、あげないと……あの、がんこもの……すぐ、こわがるから……」


 言葉の切れ目の度、ふぅ、はぁ、と息を吸い、吐く。

 リーンのそれが、止まらないのを見守るしかできない。

 眠るように目を閉じたリーンの呼吸が、少し不規則でも、続いていることに安堵する。

 

「……」


 無言の圧力に負けて、椅子を立つ。

 それをぱっと取り返したベル君が、リーンの髪をそっと、繰り返し撫ではじめた。

 それにしても、『ふしぎ』か。わたしに、祝われるのが。

 どうしても見透かされている気がしてしまう。

 本心で祝っているのかと言われたら、肯定できないのが、事実だから。

 目を伏せていると、じっと黙って見ていたロンゴイルさんがわたしの横のエーリに声をかける。


「エーリだったね。自分と一緒に、下に降りていよう。

 大人数で横にいられるのも、病気の人にはしんどいだろうからね。

 ……ノーマ。後の話は、司教様が」


 そういってわたしの後ろに目を向ける、ロンゴイルさん。

 そこには美貌の白服――クォセミ司教が立っていた。いつのまに!?

 ていうか人の後ろに立つのほんと、やめようよ!

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