41:ヒゲジジイと、エーリ
ロンゴイルさんが呼んだのだろう。
階段下の元物置にすっ飛んできたヒゲジジイには、顔をみるなり殴られた。
「何をしでかした!」
「痛いー! いたいー!! 女のあたまにいきなりそういうことするかなあ普通!?」
ぎゃあぎゃあと喚いたわたしの顔を睨みつけてから、ヒゲジジイはため息をついた。
気のせいでないなら、それは安堵のものだったように思う。
なんで?
変な空気に、わたしは文句を引っ込めた。痛いけど。
「……何かあったの?」
「最初に確認するが」
聞いたわたしに、渋い顔をするヒゲジジイ。
いくつかの薬草かなにからしいものをわたしの掛け布団の上に広げてから、そのうちのひとつを掴んで見せてくる。間違いなく、里芋の子供みたいな例のアレだった。
「お前が食べたのは、イヌヨラズで間違いないな?」
『そうだと思う』
勝手に出た返事と一緒に頷いた。
まだそれ治っとらんのだなあ、と唸ってから、ヒゲジジイは「そうか」と呟いた。
「なんでそんなもん食ったんだか」
「いやあ、元の世界に似た形の、食べ物があって」
異世界から来たと知っている人が相手って、話が早くてわたしは助かる。
ヒゲジジイはこっちをじっとりと睨んだかと思うと、はああ、と深いため息――今度は呆れのもの――を吐いた。
「食い意地張らせたところで意味のある歳でもあるまいに、まったく」
「その辺は今後気をつけるわよ。で、何かあったの」
説教の長くなりそうな気配を察知して、先に言い返しておく。
その上でもう一度聞いたわたしに、ヒゲジジイが答えようとして、
「ノーマ!」
飛び込んできた子供に、言葉を引っ込めた。
「よかった、ノーマは無事だったんだな!」
「ああ、ごめんね心配かけちゃったみたいね」
すがりつかんばかりの勢いでわたしの顔をぺたぺた触ってきたエーリは、随分心配したのだろう。少し顔色が青いようにも見える。
「のーま?」
『わたしのこと』
「みんなわたしの名前、ちゃんと呼べないみたいだから。そう名乗ることにしたの」
怪訝そうな顔で聞いてきたヒゲジジイだったけれど、聞いた答えに納得した表情を浮かべた。
今度、妙な顔をするのはわたしの番だった。
「エーリ。わたし『は』無事って、どういうこと?」
あ。という顔をして、エーリが俯いた。
わたしは青い顔をしていたと思う。はっとして、ヒゲジジイを見た。
「……おまえさんのせいじゃない。イヌヨラズではあんな症状にはならん」
ゆっくりと首を左右に振ったヒゲジジイに、わたしは一音一音、確かめるように発音した。
「リーンね?」
どうか否定して。その願いも虚しく、ヒゲジジイは首を縦に振った。
「何があったの」
三度目の質問に、ヒゲジジイは立ちあがると「ついてこい」と言って部屋を出た。
わたしはおそるおそる立ちあがる。エーリが手を差し出してくれた。
「ありがとう。だけど、大丈夫よ」
それを取ることはしない。心配かけた大人の義理として、子供の手を取った方が良いのだろうな、とはちらりと思ったけれど。それよりも今は、もっと大事なことがあったから。
「それより、何があったのか説明してくれる? 歩きながらでいいから」
そう言って颯爽と立ち上がろうとして、わたしは低い天井で思いっきり頭を打った。
少しだけ苦しんでから外に出たら、ひっくり返った亀でも見るような目のヒゲジジイが、なんとも味わい深い顔をしていた。ははは。その侮蔑っぽい感情、わたしに向けられてるんじゃなかったとしたらいじってみたいところなんだろうけどなあ!
とにかく、結局情けないザマを見られたせいもあってエーリに手を引かれ、わたしは階段の上に連れて行かれた。
「戻ってきたらノーマが倒れてるから、オレ、びっくりして……ゼネガンたちがここまで運んでくれたんだぜ、あとで礼言っとけよ」
まあ、それを期待してゼネガンを呼んで欲しいと言ったのだから、その展開は想像がついていた。それでも「そうね、そうするわ」と答えることに異論はない。実際、迷惑をかけただろうから。
「お前が倒れてたのを運んできてから、3日経っとる。
イヌヨラズを間違って食べればすぐに猛烈な眠気がくる。それだけ寝るのも普通のことだ、それはおかしくないから安心しておけ。死ぬような毒ではないからの」
ただ、他の動物に襲われた時にどうしようもなくなるのだ、と付け加えられた。
そうか。とんでもないことになったと心の中でなんか大騒ぎしたのは、大騒ぎ損だったのか。そう思うとなんだか釈然としないが、まあ、助かったからよしとしよう。
お腹へってるのも、髪がちょっとぺとぺとするのも、3日も寝ていたならそんなものか。
……おなかすいたなあ。
「あとでなにか作ってもらえ」
自覚した途端にぐぅぎゅるうる、と鳴り響いた腹の音を、ヒゲジジイは冷たくそう切って捨てた。
「えー……あんまり味がないんだもん、ヒゲジジイ、なんか作ってよー」
「その分の料金は取るぞ」
けち。
「とにかくだ。お前さんが倒れた日の夜に、リーンが産気づいた」
真面目な顔で、ヒゲジジイは話を切り替えた。
内容がわかっているのだろう。エーリの手が、わたしの手を握る力が強くなる。
顔を覗き込めば、俯いて、唇を噛み締めていた。




