39:わたしと、ブラックアウト
焦げた芋のすすを払う。
甘い匂いが、ほくほくと黄色い繊維質からたちのぼってくる。
それは見慣れたさつまいもと、ほとんど同じものに見えた。
「そういえばこれ、どこから持ってきたの?」
「あー、そういえば、これも精霊人のもたらしたもの、ですよ。
ノームの精霊人が、飢饉の時に育てた花がクマラの花だったとかって。
うちの実家の領地でよく作ってますけど、カサバと違って毒もないですし」
くまら、がこのサツマイモの名前らしい。まあ、異世界で薩摩芋とか言われても困るので、それは覚えておこうと思った。薩摩とか言われても、九州とは縁がなかったので島津の首おいてけさん(30)くらいしか知らないし。
……ん?
「サツマ――違う、クマラって、花が咲くの?」
見た覚えがないな、と思いかえす。
といっても植えてあるのを意識して観察することなんて、幼稚園児の芋掘り大会が地方ニュースで流れてくるのを風物詩ねえなんて気持ちで見ている時くらいしかないのだけれど。
聞いたわたしの前で、リーンとエーリが二人揃って首を左右に振った。
なんでエーリもそこに乗っかるのか。
「咲かないです。だからノームの精霊人だとわかったって伝わってるくらいで」
「クマラ芋の花は、もっとあったかいところじゃないと咲かないんだ。種じゃないから問題ないけど」
「へえぇ、そうなんだ!」
気候の話をしたエーリに、わたしより驚いたリーンである。
気を良くしたのか、誇らしげに胸をはったエーリがそのまま続けた。
「クマラはあったかくないと花を咲かせないけど、明るい時間が長くても花を作らないんだ。
他にもいろいろ条件とかはあるみたいだけどな」
「すごーい! エーリちゃんは物知りだねえ!」
わたしがさっき言ったのを覚えていたのだろう。リーンがそう言って、エーリを褒めながら頭を撫でる。
エーリの方も、やめろよー、とか言いながらも嫌ではなさそうだ。
「そういう話を大人がしてたんだよ!」
「うんうん、それを覚えてるエーリが物知りなんだよー」
照れてるエーリも可愛らしいが、リーンの着眼点がなかなか良い。この子、いいお母さんになりそうだ。
可愛い女の子同士がじゃれているさまは絵になるなあ……とか思いながら、食べ終えた芋の皮をまとめて焚き火につっこむ。これもその内焼けるだろう。もう芋もなく、あとは火事にならないように気をつけておくくらいだが、もともと山を作ったのが川辺の石の上である。火が延焼するようなことはそうそうないだろう。
いくつか持ってきていたらしい芋だが、そんな大振りのものでもなく、子供でもすぐに食べられるような大きさで、なんだかんだで一人2つくらい食べていた。サツマイモは十三里と呼ばれることもある。九里四里うまい十三里、つまり栗よりうまいで十三里、と。さっきちょっと木の実をもらって食べていたこともあり、大きめのは子どもたちに譲っていたりもしたのだが。
そんなことを考えていたら、ふと、あることに気がついた。
「そういえばさ、エーリ。さっき見つけたあの、イヌヨラズの実って、なんなの?」
ムカゴによく似た、里芋の小さいやつみたいなアレ。
あれは、どこにいった?
「あれか。食べるものじゃないぜ。魔女避けの薬の材料になるんだ」
「イヌヨラズがなってたの?」
渋い顔をするエーリに、リーンが尋ねる。エーリはそれに頷いて、ノーマが見つけた、と言った。
魔女よけの薬、か。確かこの世界に来て早々に、ヒゲジジイに飲まされた毒だ。
「神殿の裏山だから、なってるのも不思議じゃないけどな。もうすぐそういう時期だし」
「うん、確かにもうすぐ魔女の季節だねー」
あっさりと納得した様子の少女が、お腹を抱えてよっこいしょ、と立ちあがる。
火の始末ならオレとノーマでやっておくぞ、というエーリに対してリーンはにこりと笑うと、また指先を立てて目をつぶった。やがてその指先がちりり、と輝くと、それはコップ一杯程度の水となって落ち葉の山を濡らした。
「でも、この方が安全でしょ?」
精霊の術、か。
マッチがあれば必要のない技術だけど、逆説的に、その技術がありふれているのだとしたら、マッチの存在は危ういような気がする。いや、そもそもあれは科学者ってのが存在するようになってからの発明品だから、この世界ではきっと、この先何百年たっても研究されないだけの話にすぎないだろう。
条件こそ必要とは言え、水を持ち歩く必要がないというのも、ものすごいことかもしれない。
どの程度の水を生み出せるかにもよるけれど、少なくとも飲料用だけの意味で井戸を掘る必要はないということも考えられる。
なんだか凄い世界に来てしまったんだなあと、よくわからないままに妄想を始めそうになった思考を放棄した。よくわからないものについてあまり知らないうちから考えすぎることは、堂々巡りを楽しむ以外の意味を持たない。悩む前に調べる。調べてわからないものは躊躇なく聞く。それがわたしのスタンスだ。
ただし、それには条件がある。
「さぁって! あたしはそろそろ、戻りますね!」
「うん、身体が冷えちゃったらまずいしね。そうだ、エーリ、送ってったげなさいよ」
「……まあ、足もと、よく見えなさそうだもんな。わかった」
なんでもないことのふりをして、わたしはひとつ、エーリにお願いすることにした。
「ああ、それと、後でゼネガンにちょっとわたしが呼んでたって言ってもらっていいかな。
できたらヒゲジジイも一緒に来て欲しいって言ってた、って」
「いいよ。その間、ノーマはどうするんだ?」
『ここで待ってるから』
「そうか」
「それじゃ、ノーマさん、またね!」
ひとつ頷いて、エーリはリーンに手を差し出した。
リーンはわたしにむけて元気に手を振って、歩きやすく整えられた道を行く。
――よかった。今、『どうしたんだ?』とか聞かれたら、すごくまずかった。
ふたりの姿が見えなくなるのを待って、わたしはやっと気を抜いた。
さっきまでリーンが座っていた石にもたれかかると目を閉じる。
急速に、意識が遠のいていく。
大人には意地ってものがあるのだ。
出産目前! みたいな人の前でぶっ倒れた日には、被害が拡大しかねない。
――リーンには余計なストレスをかけるわけにいかない、と咄嗟に頑張ったわたしを、誰か褒めて欲しい。頼むから。
燃え残った滓の中には、里芋に似た皮があった。
わたしの口の中には、ざらついたシナモンのような味が残っている。
うっかり食べてしまったイヌヨラズの味は、確かに以前飲まされた魔女避けの毒と似た味だった。
『誰か、たすけて』
口を開く気力もないのに声が出た。
そういえば、わたしが強く思ったことも勝手に発言するんだったっけ、なんてことを思い出すよりも早く、わたしの意識は完全に途絶えた。




