38:妊婦と、かぐや姫
勢い込んで瞳を輝かせるリーンに対して、わたしは思わずたじろいで2、3歩後ろに下がる。彼女は一歩も動いていないのに、迫力負けして気圧されていた。
「そーいうことはほら、お互いのことを良く知ってからの話だと思うのよねわたしは」
苦し紛れにそう返すと、「ダメですか……」としょんぼりされてしまった。
「ですよねー……。とはいえ、お兄ちゃん、仲良くなると怖くなっちゃうみたいだし、頑固者だし。相手の顔も知らないうちに結婚するよりずっといい話だし、ノーマさんならお兄ちゃんが怖がる頃にはガンガンぶつかってくれそうだからいいかもって思ったんですが。
ちょっとだけ、残念です」
そう言ってリーンはがっくりと、わざとらしく肩を落とした。
だけど言葉や態度の端々から、本気で兄であるベルくんのことを思ってのことだと伝わってくるから嫌味にならない。リーンはそういうところ、わかってないのかもしれないけれど。
「お兄ちゃんのこと、好きなのねえ」
「はい! 器量良し、体格良し、剣筋良し! ちょっと頑固で臆病者で頑固者だけど、自慢の兄です!」
魚屋のおじさんが新鮮だよ! とかオススメしてる様が脳裏に浮かぶくらいに拳を握ってにっこり笑ったリーン。いやそういう魚屋はわたしが子供の頃には滅びていたも同然なんでイメージでしかないんだけども。
だがリーンよ、その頑固、何回目だ。
そんな他愛ないやり取りをしているうちに、リーンが立ち上がろうとして、ふらついた。
「おっと」
慌てて支えに手を貸す。会話は普通の女の子とのそれだったけれど、その大きなお腹に彼女が妊婦だということを否応なく思い知らされる。
「えへへ、ありがとうございます」
それでも屈託なく笑うリーンが、どうしようもなく健気に見えた。
とりあえず手を貸したまま、どこに行くの? と聞いてみる。
「あっちに、木の葉を集めておいたんです。それで」
そう言いながら、ポーチを探る。そこから出てきたのは、幾つかの芋だった。
「うふふふふ、司教には内緒ですよ。お腹へっちゃって」
女の子は、したたかだ。
「内緒って、食事制限とか?」
「そうなんです。でも、おかげで今朝から何にも食べてなくって」
出産間近とかだと、食べないほうが良いタイミングでもあるんだろうか。
その手の経験がないわたしには、そのあたり、よくわからない。
お腹を押さえながらも、リーンは手早く木の葉を山にしていく。さっきの爆弾発言のせいかむすっとしてはいるものの、エーリもそれを手伝っていた。結局この子も、根本的には良い子なんだろう。
「これで、焼いてしまったら、美味しいと思いません?」
にっこにこしている。こっちもにやーりと笑ってみた。
焼き芋するなら、アルミホイルが欲しいところだけれど、まあちょっと焦げたところでいけるよね。
がさがさと集めてみて、あれ、と気になった。
「火はどうするの?」
「えへへ。ちょっと離れててくださいね」
木の葉の山から距離を取ると、リーンは目を閉じて手をかざし、何かをつぶやき始めた。
ぽぅ、と彼女の指先が明るく光る。わたしは目を丸くしたが、エーリは軽く口笛を吹いていた。
「まさか、魔法……?」
そのまさかのようだった。
リーンは目を開けると、にこりと微笑む。そして指先の光を、えい、と落ち葉の山に投げかけた。
マッチでつけた種火程度のものでしかない。労力としては、多分、マッチを擦る方が容易い。それでも。
「……これ、誰でも使えるの?」
「ん? いや、誰でもってわけじゃないけど、適性があれば簡単らしいぞ」
エーリが軽く肯定する。
わたしは漠然と、司教が、自分以外に誰も回復の使い手がいない状況が不自然だ、みたいなことを言っていたのを思い出していた。
この世界では、ありふれているものなのだろうか。
「そういえば、さっき、精霊人がどうのって言ってましたけど。何かあったんです?」
『いや、エーリに教えてもらったのよ』
「そういうのがいる、って話をしてくれただけなんだけどさ」
不思議そうにそう聞いてきたリーンが、火の側に手を伸ばして暖を取るような仕草をしながら首をさらに傾げ、ふぅん、と呟いた。
「魔法かってノーマさん、言ってましたけど。あたしたちは魔法とは思ってないんですよ。
魔法は、その場に何もないのに何かを起こす力のことですから。
こうやって火を起こすような術は、精霊の力を借りて使う術なんです」
うううう。そんなわけのわからないこと言われても、右から左へ受け流したくなるよ! ムーディーかよ! 忘れてたよ自分でも今までそんな懐かしいネタ!
「わたしにはどうも、ピンと来ないわねえ……」
「ですよね。精霊さんも、あまりノーマさんに近寄る様子がないですし」
あっさりと頷くリーン。
「精霊の術は精霊に懐かれやすい人じゃないと使えないですしね。
で、精霊人は、その精霊さんが人間に生まれ変わった存在という、伝説みたいなお話です。
精霊人は女性しかいないんですが、お嫁さんにした男の人はすごい栄華を得るとかなんとか。
男の人ってそういう微妙にロマンのないロマンティックな話、好きですよねえ」
なんとなくわかってきた。つまりは、かぐや姫みたいな話なのか。
リーンの話に、なんとなく生暖かい目でエーリを見てみたけれど、エーリは素知らぬ顔でそっぽを向いていた。その反応が語るに落ちているということなのだよ、とはかわいそうなので言わないでおいてあげた。




