37:リーンと、ハンカチ
案の定と言うかなんというか。来た時に「こっちにありそうだったから」と言っていただけのことあって、エーリにも帰り道はわからないらしい。まあ、子供ってそう言う所あるよね。
なので、途中で見かけた道をふらりと歩いてみる。そうしているうち、沢とでも呼びたくなるような場所に出た。
「わあ、なんだかマイナスイオンって感じねえ!」
いやそれが科学的にどうとかはおいといて、そういうニュアンスが伝わってくれるとありがたく。
水の流れる音も、ざうざうと響いているがやかましいと思うほどではない。
おもわず、ほっとしてせせらぎに聞き入ってしまった程度に。
だから、突然の「やっほー!」の声には、それが聞こえたこと以上に驚いてしまった。
「ぅえ!?」
「そんなに驚かないでくださいよー。兄のお客だった方ですよね」
にこにこと笑う妊婦が、道の向こうから姿を表した。
「あ……ベル君の、妹さんの」
「リーンです。そういえば、名前、お聞きしてなかったですね」
「ノーマだぜ」
慌てて、爽香と名乗ろうとしたわたしの横からエーリが口を出す。まあいいか、タイミング的にベル君もわたしの名前を紹介しているとは思いにくいし、何より、間違われて悲惨な伝言ゲームされてても悲しいし。
「ノーマさん、ですか。改めまして、兄が世話になったとのことで」
ぺこりと頭を下げたリーンが、手に下げていたポーチみたいな袋から何かを取り出した。
あれは、わたしのハンカチ? どうしてリーンが。疑問に思っている間にも、彼女はわたしにそれを差し出してきた。
「はい。これ、ノーマさんのですよね?」
『そうだけど……』
「なんでわかったの?」
受け取りながら、思わず聞き返す。
ふふ、と笑ってリーンは人差し指を立てた。
「まず、このレース。凄い細かいつくりです。安いものではないと思います。
兄も含め、あの詰め所の男たちはこんなの使わないでしょう。それともうひとつ」
そう言って中指も立て、Vサインみたいにしてみせた。
「とても良い匂いがした、ベル兄と一緒に来た女性と同じ匂いだ、と司教が言ってました。
兄の態度から言って、知り合ったばかりの女性はノーマさんぐらいです。以上!」
目を輝かせて推理を披露してくれたリーンの、むっふー、と鼻息が聞こえてきそうなドヤ顔がかわいい。
それはそれとしてあの司教め。わたしはおもわず、昨日匂いを嗅がれた首筋に手を当てる。
そこにこだわるとはやはり匂いフェチか。美形のくせに困った性癖の持ち主だな!?
「兄は、妹のあたしが言うのも何ですが、結構いけてる顔してると思うんですよ。
そのせいだと思うんですけど、仲良くなった女性にひどい目に合わされたことがあって。
だから、仲良くなると警戒するんです。軽口を言うくらいなら、あまり面識のない人かなって」
言いながら、沢の近くにあった大きな石に腰を下ろすリーン。体冷やすのはよくないよ、と言いたくなったが、それよりもお腹が重たそうだと思ったのでやめておく。
しかし……何があったんだベル君。
「それはまた随分と面倒くさい男に育ったものねえ」
「ですよねー。どこにも付いて来られて、何をしてたとか全部見られてて、今日は何回どこで目があったとか、毎日のように血で書かれた手紙が届いたのが怖かったらしいんですけど」
「ごめんそれは怖いわ」
ストーカーだった。
「でっすよねー。あたしも大変でした。
その子あたしの友達だったんですけど、もともとベル兄に近づきたくて友達になってたんですよ」
凄絶なことを言いながらカラカラ笑うリーン。
いやいや、笑い事じゃないよねそれ。と、つっこむ前に「昔のことです」とにっこり制された。
「ノーマさんが、兄とどこで知り合ったのかわかりませんが、悪い物件じゃないと思うんですよ、我が兄のことながら。どうです? おすすめしときますよ」
『どうですって、何を』
「うちの兄、旦那さんにどうですか? ご結婚されてないって、司教から聞きました!」
『「は!?」』
声が、声帯と喉の二箇所から同時に出た。
くっそこれ何回目かだけどほんと気持ち悪い! ていうかどういう形で発声してるのよ!!
まったく、ちょっと話の展開が唐突でついていけない。でも、これぐらいの歳頃の女の子ってそう言う所あるよね、とわたし自身のその頃のことを思い返せば納得しか出てこないので仕方ない。
大人になるって悲しいことなのね……。
「ダメだ! ノーマはオレが嫁にするんだからな!」
「いや君にその権限ないからね?」
「うー……!」
口をとがらせて、リーンの提案にノーを突きつけるエーリ。
とりあえず一言で黙ってくれたのでよしとする。
「そうだ。リーン、精霊人って知ってる?」
「知ってますよー。精霊が人に生まれ変わるっておとぎ話ですよね」
さくっと答えてきた。おとぎ話ってことは、よく知られてる話ってことなのだろう。
その先を聞こうとする前に、リーンがさっき返してくれたわたしのハンカチを指差す。
「それ、あたしがきちんと洗っておきました。血も残ってないと思います。
だけどそんなすごい丁寧で、均一で、それなのにドレスでもないレースなんて、あたし初めて見ました」
んー、まあ、そりゃあ……待て。待て待て待て。
レースがって言った? 婚活の、とは言え一応パーティーだしと思ってちょっと可憐な印象の、ちょーっとお高いヤツを持っていったのは間違いないけど、ちょっと待て。
レースに着目した? 中世でレースって言ったら。
「こんな高級品を、兄の怪我なんかで血に汚してしまうだなんて。
大変申し訳ないことをしてしまって、恐縮です。
でも、このカーチフを見た時、これを救護に使ってしまうだなんてってびっくりしたのと一緒に、どんな優しい人ならそんなことができるんだろうって思ったんです。
そしたら、ノーマさん、すごく大人な方じゃないですか!
もうあたしびっくりしちゃって。
これをお持ちになるなんて、良いご家庭の出身かと思うんですが、うちもそんな悪い家系じゃないと思うんで!
うちの兄、どうですか!」
すっごい早口で一気にきた。
なんか、ごめん……それは確かにちょっとしたブランドのではあるけど、工場で大量に作られてる、バーゲンセール品だったんだよ、なんて、言っても通じる予感さえなかった。




