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36:魔女と、精霊人

「確か……夜勤でビルの掃除して、ちょっと寝て、婚活パーティーに行って、その帰りだったわね」


 エーリにはわたしが何を言っているのかわからねーと思うが、独り言を聞き返すような子でもあるまい。


「掃除って、ノーマも掃除職そうじしきだったのか?」

『さすがにあんなのじゃないけどね』


 どう言えば伝わるかな、と頭の中を一生懸命回転させる。


「お給りょ……報酬をもらって、掃除をするのよ。

 夜の間、人が寝静まってて誰もいない間に、邪魔にならないようにこっそりとね。

 で、悪いことをしてる子供を叱りつけたら、逆恨みされちゃったみたいで、殺されそうになって……それからはもうまったく覚えてないわね」


 要は掃除のオバチャンである。

 と言っても、そこで働いていた期間はそんなに長くないし、誰にもわかることだろうけれど掃除に特殊な技術はいらない。特殊な洗剤とか特殊な道具はたまにあるけれど、人に出くわさない時間が勤務時間だったこともあって、必要なのは投げ出さない根性くらいの話だ。

 だが、エーリはなぜかものすごく衝撃を受けた顔をしていた。なんでだ。


「ブラウニーだったのか……!」


 は?


「ノーマ、凄かったんだな! ブラウニーなんて、精霊じゃないか!」


 おお?


「精霊の中で、特に素晴らしい働きをしたものは神様が人間に生まれ変わらせてくれるって言い伝えがあったけど、本当にいたんだな!」


 何か壮絶な誤解と勘違いが起きてないか?

 屋敷しもべ妖精だった記憶はないけれど、わたしはどこかで主人の服をもらったのだろうか。

 面白いからいいんだけどさ。


「そうなのかな? 思い出せないけど」


 否定はしない。肯定はしない。よしわたし嘘ついてない。

 エーリは酷く感慨深そうに何度も頷いては、そっか、そっかー、と繰り返している。


「なあ、ノーマ。ノーマは、子供とかいないのか?」

『そもそも相手がいないわよ』

「あー……子供なんていないっていったの」


 相手がとかどうとか、この歳の子供に言うのもどうかと思って慌てて言い直した振りをする。

 神妙な顔で頷いたエーリは、なんだかよくわからないことを言い出した。


「そうか。そうだよな。

 多分、ノーマが生まれたのは、その助けられたときなんだ。

 精霊としてずっと生きてた時間があるから、28だとか言い出すし、そのくせそんな子供っぽいんだ」


 子供っぽいのは自覚があるが、本当の子供に言われると少し傷つくなあ!

 どんどん壮大になっていく勘違いも相まって、引きつった笑みを浮かべていたんじゃないかと思う。

 そのわたしを相手に、エーリはさらに凄いことを言ってのけた。


「よし――決めた!

 オレ、ノーマを嫁にする!」


 は? ぱーどぅん? りありー?


「いやいやいやいや、何言ってんの。女の子はお嫁になるほうだからね?」

「男だったらいいんだろ?」

『それ以前にエーリ、あんたまだ子供でしょうが』


 たとえエーリが男だったとしても、20近く年下の旦那とか、ちょっとつらいと思う。

 いや、だからそもそも性別が。よめ? よめって、嫁よね?


「ううん……だけど、ノーマと同じくらいの年になるには時間がかかるしなあ」


 追いつかれても困ります。

 何を言うにも何も思いつかず、とりあえずさっきもらったアケビ風の果物を齧ってみる。

 うええ、皮は硬い。そして苦い。


「あ、ごめん。食べられるの、中身の方。種は出せよ」

「だと思った」


 渋い顔のわたしに、中の柔らかい部分を示しながら優しく笑うエーリ。

 うーん……少女趣味な人が相手ならイチコロなんだろうけれど。

 わたしはどちらかと言うと年上派、かつ異性が好き(ヘテロ)なのでなんとも対応に困るばかりである。


「仕方ないよな。元精霊なんだから」

「……それって、どういう言い伝えなのよ」


 中の果実部分は半透明で、アケビのようなゼリー状ではなく、あえて言うと桃の実とか梨のようなシャリシャリした感覚。味は……なんだろう、苺の甘さを薄めたような感じだけど、悪くはない。

 少なくともさっきの葡萄っぽいヤツもこれも、食べたことのないものだということには間違いない。


「神様に認められた精霊は、人に生まれ変わる。

 そうやって人に混じった元精霊は、何かの偉業を成し遂げるんだ」


 ……お?

 それってつまり、わたしが何かをやると思われているってこと?

 しかし何をできると思ってるんだろう。

 いや、精霊の生まれ変わりだと思ってるということは、もしかして奇跡的なレベルの何か?

 し、しまった。その可能性は微塵も考慮してなかった!


「100年前に生まれ変わった精霊人は、西の国の建国に関わったって聞いた。

 300年くらい前の精霊人は、魔女になったとも聞いた。

 女神になったとかいうのもあるし、普通に暮らしたけど周りに幸せをもたらした、なんてのもあるぞ」


 あ、ちょっと希望の光?

 青ざめる前に普通の話もあるようだと知れて、わたしはちょっとホッとした。

 ――ん?


「魔女?」


 また出てきた。なんなんだ、魔女って。

 エーリは答える前に首を振る。


「オレもよく知らない。そういうのがいるってのは聞いたことあるけど。

 子供は知らなくていいって、結局一度もきちんと教えてもらえなかった」


 ふうん……精霊の生まれ変わりは魔女になることもあって、魔女が最近出てきたって聞いて、それで見回ってたらわたしがいた?

 どうにもいろいろ、面倒そうなことに巻き込まれかけたんだなってことだけ、今になってよくわかってきた。

 立ち上がってスカートの裾を払う。多分、そこそこ時間が経っている。


「そろそろ戻らないと、ゼネガンとか心配してるかもしれないわね」


 どっちから来たっけ、とあたりをきょろきょろ見回してみる。

 来た時は子供任せで適当な道だったから、帰り道なんてものがあるとも思えない。

 まあ、歩きやすくしてある道は何回か見つけたから、そこを歩けばいいだろう。


「なあ、ノーマ!

 10年……いや、5年待ってろ! 立派な大人の男になって、お前を嫁にするから!」

「はいはい」


 性転換から必要そうだなあ、と思いながら、わたしはそれを軽く受け流した。

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