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35:泣き虫と、子供

 少しの間もじもじしていたエーリだが、やっと決心がついたようだ。

 わたしを見上げて、口を開いた。


「ありがとう。礼、言えてなかったから」


 何のことかと、一瞬キョトンとしてしまった。


「わたしは何もしてないわよ。お礼なら、司教に言ってあげたら?」


 あれで結構喜ぶと思うわよ、と付け足す。大人には言われ慣れているだろうけれど、子供が素直に言ってくるお礼はまた違うものがあるだろうことは想像に難くない。

だけどエーリはぶんぶんと首を振って、続けた。


「そうじゃない。ゼネガンも言ってたんじゃないか?

 オレたちに関わろうとするヤツなんてそういないって」

『似たようなことは言ってたわね』


 思い出すより早く、勝手に答えるわたしの声。そうか、言ってたのか。

 ……この自動返答、やっぱりわたしが考えるより早く答えてる。便利なときもあるけど、うっかりしたらわたし、何も考えなくなってしまいそうな気がするなあ。


「気にされないのは、楽だけど、ちょっとしんどい。

 それに、ノーマが来なかったら、もっと蹴られてたと思う」


 子供の言葉はストレートだ。大人だったらもっと気取って言うだろうものを、思ったままに言う。

 街の人混み肩がぶつかってひとりぼっちも泣きたくなるってことだろう。

 無関心が一番、恐ろしくて、心地よいってことぐらい、わたしでも知っていた。


「……もう痛くないの?」

「平気。神官の術って凄いって、聞いたことはあったけど、本当に凄いんだな」

「そっか。でもね、自分のこと、オレとか言わないの」


 頭をぐりぐりと撫で回してやった。今度は、エーリも逃げようとしなかった。


「じゃあなんて言えば良いんだよ」

「んー? ……わたしとか?」

「なんかヤダ」


 べっと、舌を出して嫌がってみせるエーリ。まあそのうち変わっていくだろうからと、わたしもそれ以上は特に言わなかった。


「あの実も食える。いるか?」

『欲しい!』

「よし来た」


 別の木の、アケビに似た実を示したエーリがニッと笑ってまたするりと木を登る。

 十歳にもならない子供に、食べられる木の実を教えてもらっては分けてもらうだけ、なんてのは少しだけ悔しい。わたしも近くの木に登ってみようと、足をかけた。


「よ、ほっ……!」


 うぐ。長いスカートが少し邪魔だ。

 それに木靴が意外と滑る。何より、ぐええ、紐が締まる!


「何してんだよ……」

「いや、ちょっとばかり大人も凄いんだぞってところを見せてみようかなーなんて……」


 最終的に、滑り落ちたコアラみたいな状態でそんな情けない会話をするはめになった。

 木に背中を預けて、空を見てみる。鳥が飛んでいて、チチチチとまあ暢気なものだ。


「……まあいいけど。ノーマって歳のわりに無茶するよなあ」

「まだ28だから。まだ若いから」

「そんな主張する人も初めてみたと思うよ、オレ」


 この世界がおかしいと思う、とは口が裂けても言えなかった。リーンの笑顔が頭をよぎる。15歳って、まだ体もきちんとできていないと思う。だって極端な話、身長だってまだ伸びる時期だ。第二次性徴終わって思春期入って、それでもぎりぎりローティーン抜けた程度で……考えれば考えるほど、わたしの顔が曇る。

 昔見た、14歳が出産するドラマだって、結局子供は帝王切開で生まれていた。

 それはフィクションだけど、実際に、低年齢の結婚、出産が問題になっている国とかはちょくちょくあって、そういう国の現実と、わたしの常識は、どうにも剥離していてうまく結びつかないでいた。

 その感覚のまま、この世界に来てしまったわたしは、どうしたらいいんだろう。

 思わず両手で顔を覆った。


「ノーマ? 泣いてるのか?」

『うん』


 そんなこと、聞かないでほしかった。


「歳のこと言ったから、怒ったのか?」

『違うから。若いからわたしまだ』


 嗚咽と言葉が同時に出て来る。エーリがそれを不審がるほど大人じゃなくてよかった。

 大丈夫なんだから。

 急に不安になっただけなんだから。

 でもそんなことを口にしようものなら、何かが決壊して溢れてしまいそうで、わたしは黙っていた。


「……悪かった。ノーマ、確かにオレの母様よりちょっとだけ若いよ」


 そう言いながら、エーリがわたしの頭をぐりぐりと撫でた。わたしがさっき、エーリにしたのと同じように。


「そういえばノーマ、さっき、何も覚えてないわけじゃないって言ってたよな。

 わかることだけでいいから、何か教えてくれよ。ノーマの話、聞いてみたい」


 落ち着かせようと思ってくれているのだろう。エーリがそんなことを言い出した。

 ははは、それがまさにわたしが今悩んでいることだなんて、わかるはずもないよね。

 だけど、いい機会だと思った。

 子供を相手にってのも我ながらどうかとは思ったけれど、甘えることにする。大人だったらわたしの話の変なところに気がついて、変な疑いを持つかもしれないけれど……子供だからこそ、逆に、きちんと聞いてくれるかもしれない。


「……そうね……」


 涙を袖で拭き、ずずっと鼻をすすって、わたしは自分の状況を頭のなかで整理してみた。


「わたしは、多分、死ぬところだったんだと思うわ。

 でも、気がついたら生きてて、助けられて……それでここにいるの」


 さっぱりわからない、という顔をしたエーリに笑ってみせる。

 大丈夫、わたしも何言ってるのかわからない。

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