34:エーリと、アガベデジャの実
藪に分け入り、少しだけ山を登る。
ここって入っていいのかな、と呟いたら、エーリはにやりと笑って「しー」と人差し指を立てた。入っちゃダメな場所らしい。仕方ない。こんな場所、子供にとってはどう見たって宝の山だ。立入禁止の立て札を生涯無視したことのない者だけがわたしに石を投げよ。
ただし、厳密に立入禁止というわけではないのだろうことは足元が時折整備されていることでもわかる。最初は獣道かとも思ったが、途中からしっかりと道と呼べるほどに踏み固められた場所に出た。
「……本来の道、ていうか入り口とかは、どこかが管理してるってことかな」
道に沿って歩くのかと思いきや、エーリはさらに獣道めいた場所に飛び込んでいく。子供ってすごい。道にそってちょっとグルっと回ったらすぐに辿り着く場所でも、ショートカットが最適解だと信じて疑わずに小さな崖になっているところを登ってかかっている。そんな無謀な時代がわたしにもあっただろうかと思い出し、
「結構あったわね」
――頭をがしがしとかいた。
パルクールに微塵も魅力を感じないやんちゃ坊主はいないのである。わたしはボーイじゃないけれど、誰だってBOYを捨てるときがくるのでそのあたりは気にしないのが吉。現実にはその系譜、立体視にまで対応して生き残ってるけど。
もっとも、パルクールを実際にやってる人たちからすれば世間一般の持つパルクール評は不満があるらしいのだが、申し訳ないがわたしにはさっぱりわからない。地図に直線ひくようにまっすぐびーっと突っ走るという印象しかない。とか言いつつもそんなの男塾名物直進行軍か金城武が主演した怪人二十面相をモチーフにした映画しか知らないけれど。ああ、二十面相モチーフの映画、あれ好きだったなあ。いっそ信念すら感じるほどのイケメンの無駄遣いっぷりがもう素晴らしい。なんせ要潤レベルでも一瞬しか出番がない。うどん県副知事を見かけるたびにあの映画思い出してニヤッとしてる人はあまりいないだろうけれど。
……単純作業をしていると余計なことを考えるのは、わたしの悪癖だと思う。
とにかくただついて山を登っただけだが、30分もしたくらいで、エーリが立ち止まった。
「このあたりかな……っと!」
足元や頭上をきょろきょろと見回すと、エーリは器用に手近な木を登り始める。
そして、何かをもぎ取るとこれまた見事にするすると危なげなく降りてきた。
「何、どしたの?」
「ほらこれ」
そう言ってエーリが見せてきたのは、ブドウにも似た何かだった。
一粒だけの、さくらんぼくらいのサイズのブドウをブドウと呼ぶのなら、だけれど。
「……ええっと」
エーリが剥いているのを見て、見よう見まねで皮をめくってみる。ぶつりと、感触もブドウ的なそれは半分潰れてしまって、汁が指先を汚してしまった。
「そうか、ノーマ、記憶がないって言ってたな」
「あれ、言ったっけ」
「ゼネガンと、ゼネガンの知り合いっぽいおっちゃんが話してた」
ロンゴイルさんはそこまで言っていたらしい。べつにいいんだけど。
自分のを口の中に放り込んだエーリが次の一粒に取り掛かり、綺麗に剥けたブドウ的なものをわたしにくれた。
「種は食うなよ。記憶が無いって、どういうふうにないんだ?」
『ないわけじゃないのよ』
ああくそ、わたしの喉め、面倒な返答を!
ややこしくなるまえに先んじて補足する。
「全部わすれたっていう訳じゃないのよ。
でもどうしてあんな場所にいたのか、どうやってそこに来たのか、何も覚えてないの」
よし嘘はついてない。
そのままブドウみたいなものを齧ってみる。食感もブドウに近い、繊維質のある柔らかさ。桃のような甘さと木の実らしい渋さが一緒に口の中に広がって、ちょっとのえぐみが舌の上でざらつく。だけどえぐみはすぐに消えて、瑞々しさが心地よかった。
「おいしい。これなに?」
「アガベデジャの実。今ならこれがあるはずだと思ったんだ。
頭の上見てみなよ、まだあるから。腹減ってるなら、取ってやる」
おおう……まったく聞いたこともない名前が出て来た。
実はわたしも、ここに来るまでただぼーっとしていたわけではなく、いろいろ見ていたりしたのだ。たとえばほら、蔓っぽい植物に里芋のちっちゃいのみたいなのがくっついてたりしないかな、とか。そういうのがあれば、もしかしたらムカゴかもしれないし、ムカゴならその根本にはとろろ芋があるはずだ、と。ムカゴそのものも食べられるから、スープに入れたらちょっとは腹持ちが違うかな、なんてことを。
……ぶっちゃけ、それっぽいものもありはした。アリはしたんだけど、ちょっと不安な形状をしてたり、なーんか思ってるのと違う形だったりしたのだ。念のためふたつほどもいでいたのを、エーリに見せてみる。
「こういうのは食べられるのかな」
「うげ。それはイヌヨラズだぜ」
食べられるものへの反応じゃなさそうだ。でもまあ、もしかしたら知られてないだけかもしれないし、と一筋の希望にすがって持っておくことにする。こういう時、ポケットないのが微妙にうっとうしい。不格好でも巾着程度なら作れるだろうし、今度からそういうのを作っておこう。
いくつか食べているうちに、エーリが少しもじもじしているのに気がついた。
「どうしたの、トイレ?」
「なんでだよ。あのさ……」
なんだろうか。首を傾げるわたしを前に、エーリは随分と、言いよどんでいた。
1話を2話にまとめ、1話跡地を登場人物表にしました。
……何言ってるかよくわかりませんね。
でも1話あたりを見たらすぐわかると思います。




