32:アディナと、荒麦
大まかな、とはいえ長年中途半端なことしかされておらず、かつ少しずつ壊れゆくホウキモドキを使っての掃除はそう手早く終わるものではなく、一段落したのは昼になる頃だったと思う。
「私とエーリは、一度、掃除職の皆の方に顔を出そうかと思います」
ゼネガンがそう言い出したので、一度休憩ってことになった。
借り物の服で行くわけにはいかないとあって、少し時間がかかりそうに思える。
「わかったわ、こっちに戻ってきたら声をかけてね。
あ、二階と一階のゴミを混ぜないで」
大きな、汚れた布をちりとり代わりに二階のゴミをかき集め、そのまま風呂敷代わりに包みながら、さてどうするかなと考える。
入院棟のゴミはそのまま埋めてしまう方が良いだろう。スコップみたいなのはないかと、そのあたりをうろうろと探してみることにした。
ついでに、さっき二階から見かけた妊娠中の人のための小屋も見つけた。
来たときは表から来たわけだし、昨日ホウキの材料を貰ってきたときはその後ろが倉庫のような建物だと思って気にしていなかったのだけれど、その倉庫の向こうは、藪になっていた。なだらかな山の始まりのような藪。たぶん、その認識が正解なのだと思う。
板でざりざりと土を掘り返し、そこに二階のゴミを埋めてから汗を拭う。
「あっちに別棟があったし……神殿そのものが、山に沿うように作られているのね」
「そういえば、どこも神殿の作りは似ています。気にしたことがありませんでした」
なんとなくつぶやいたのを、アディナが遠回りに肯定する。そういえば、掃除の間は別の作業があるからとどこかに行っていたのだが、何だったのかと聞けば昼食の準備だという。くそう、お腹減ってきた。
「お昼ごはんって、どうなってるのかしら」
「どうという意味がよくわかりませんが」
「えー」
そういうところの空気を読んでくれない人なのは、もう段々わかってきていた。
きっぱり言わないと、答えてくれない。そのくせ、自分は匂わせるような話し方をする。
ちょっと面倒くさいのも確かだけど、アディナは賢いのだと思った。
「そうだ、アディナって何歳なの?」
「15です」
「若っ」
落ち着いて見えるから、17くらいかと思ってた。
とはいえ――もう一度、ちらりとアディナの顔を見た。可愛らしいというより、綺麗な顔だちの、赤い髪。さっき会ったベル君の妹も、15だった。この世界では、それぐらいの年齢で結婚、出産はしていてもおかしくないというのなら、彼女もまさに『適齢期』のはずだ。
初対面にも等しいわたしに言う必要はないし、聞く気もないけれど、交際相手もいたりするのだろう。
……いや、まあ、その辺についてどうこう思うわけじゃないんだけどさ。
ただの一般論として、綺麗な女の子が誰にでも優しく振る舞うとかは身の危険しか招かないので、相手の要望に対して冷たくあしらう習慣は悪いことじゃないって、思ってるだけで。そのうえで、普段から周りを突っぱねるような話し方をするのも敵意を持たれるだけだから、自分がどう思っているか、などは必要が無い限り言わないのだろう。推測だけど。
わたしには、そんな美人特有の悩みに縁はなかったが、美人な同級生が成人式後に泥酔してぶちまけた嘆きくらいは、本音だったと思っている。すぐに勝手に好かれたり勝手に嫌われたり、いろいろ大変そうだった。あの子今頃どうしてるんだろうか。あのとき食べたお好み焼きは美味しかった。
ああ……おなかへった。
そうしてなんとなくお腹をさすったとき、わたしもそのうち、自活を考えねばならんのだな、ということに思い至った。すべての人が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利があると――たとえたまに餓死者の報道を見ることがあっても――うたう国の出身としては、掃除職に参加するのは正直言って御免こうむる。
手でトイレ掃除するに等しいあの制度、いっそ「かわいがり」とか「公開いじめ」とかに名前を変えたほうがまだしっくりくる。いや、トイレ掃除は見なかったのでどうなってるのかは知らないんだけど。……知らないほうが良い気がすごくしてきた。確かめないほうが良いことはこの世の中にいっぱいあるよね、うん。
あの、施しというにも憚られる方法で残飯を食事にするのは、嫌だ。
人間、生きていく上で大事なのは、とにかくご飯を食べられるかどうかということに尽きる。
「ねえアディナ、今日のお昼ごはんって何?」
「え……荒麦の粥と、魚を焼いたものですけれど」
あらむぎ。なんだそれ。子供の頃に聞いたような気がする。ええと……そうだ、近所のおじさんが、カラスムギのことをそう呼んでたんだっけ。あのクサビ型の、長い棘がチクチクする、大柄なイネの種みたいなのがちょこちょこくっついてるやつ。まさかあれか。あれなのか。
「……荒麦って何?」
「何って……ああ、ええ……荒れ地で作る麦、穀物です」
アディナは、何をアタリマエのこと聞いてるの、という顔をした後に「そうだったこのヒト記憶がないんだ」と思い出してくれたようで、少し恥じ入った顔をしながら教えてくれた。そこ恥じ入ることないのよ! わたしが男の子だったらちょっと可愛いかもって思うような顔擦る必要ないのよ!
冗談はともかく。
麦の栽培はあるのか、と少しだけホッとして、それからゲンナリする。
昨日の食事は、酷かった。
だけど、同席したアディナ達メイド服層はそのことに不満を持っている様子はなかった。
さてそこから考えてみよう。
麦の粥? どう考えても中華粥レベルは期待できないだろう。
となると、つまりそれってもしかして、いわゆるひとつのオートミール?
――うん。
自分の身の振り方くらい、自分で決めたいと思っていたけれど。
そのためにも、ものすごく大切なことを調べなければならないのだと、わたしは今、使命に燃えた。
「美味しい物を、探そう……!」
腕を振り上げてそう決意したわたしのことを、アディナは、まったくもって完全に不可解とかそういう言葉が出てきそうな顔で見ていた。




