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29:アラサーたちのパレード

 破傷風。

 傷口から菌が入ることでなる、病気。

 それに罹ると最初は、頭や顔の周辺だったり、手足が動かしにくいと感じることが多い。

 やがて、顔は顰め面なのに口元は苦笑い、という表情になる。自分で意識してのものではない。それは、顔の筋肉が痙攣している結果なのだ。

 やがて、痙攣は全身に至る。手足が震えるという程度のものではない。背が反り返り、全身で弓の形を作るような痙攣を起こす。痛みに叫びたくても、その喉が痙攣を起こしていて、何かを訴えることもできない。なのに、意識はだいたいクリアーなのだ。

 それで終われば、まだいい。

 悪ければ、窒息死する。その確率だけでも、決して低くない。

 生き延びても、すぐに日常生活に戻れるかどうかはまた別の問題になる。

 そんな恐ろしい病気だから、現代日本で生まれ育ったひとは多くの場合、予防接種を受けている。わたしもその例外ではない。もっとも、十年そこらで効力は弱まるそうなので、不安だったら受け直すと良いとか。

 わたしが知っているのは、それくらい。

 ――だからこそ、彼らの言う『神様の賽子』が破傷風だと、勝手に判断したりはしない。

 この世界の医療事情についてわたしが知ったことは、あまりにも高度で、迅速な治療ができるということだった。

 早すぎるのだ。

 だから、怪我を消毒することに意味を感じていなかったのだろう。

 例えばそこに、汚れを持った土が入り込んでいたとして、すぐに治療できなかったがばっかりに膿み始めた皮膚があったとして、それごとくっつけてしまったら。

 あとは、想像なんて難しくない。

 わたしは割り当てられた物置スペース(部屋って呼びたくない!)から、昨日の夜の内職の結果を持ち出してポケットに入れようとして、


「あれ?」


 ……服にポケットがどこにもなかった。

 おのれ、さすがは中世風村娘さん的な服。とりあえず内職結果それを握りしめたまま、外に出た。


「何してたんだ?」

『物を取りに行ってたのよ』

「それ、ですか」


 エーリとゼネガンが不思議そうな顔で見ているが、とりあえず気にしないことにして、わたしは神殿の奥に向かった。まずは、クォセミ司教の部屋だ。


「おはようございまーす」


 こここん、とノックしてみる。

 きぃ、と軽い音で扉が開き、どこか寝ぼけた顔の、餃子っぽさが足りないロウヒーローが顔を出した。

 あ、寝癖。


「何事です」


 本当このヒト、疑問符のない喋り方をするなあ。断定形というか。わたしにはすごく楽なんだけど。

 朝は弱いらしく、少しぼんやりした顔をしている。

 ところで。


「……いいニオイがしません?」

「朝食です。神官にしか出していませんが。治癒の使い手は、どうしてもお腹が減るんです」


 ごくり、と喉が鳴った。

 あの、正直言って、この世界に来てからね?

 美味しいものを食べていません。ません!

 だから。


「……ずいぶん派手な音ですね」


 あったかいスープのにおいがするだけで、お腹がぐうって鳴るのは、許して欲しい。

 一番味があったのはヒゲジジイの作った薬膳粥みたいなやつだったよ。昨日の晩に食べたのは、よーーーくよく火が通った何かの肉とか、あんまり味がしないパンとか、薄い味で水っぽい、煮崩れかけた豆入りスープだった。あの、あれだ。イギリス伝統料理って言ったらきっと伝わると思う。海外行ったことないからただの偏見だけど!


「よだれが出ていますよ」


 ゼネガンさんにそっと指摘されて、はっとなった。

 そうだ、今はそんな場合じゃない。「失礼します!」とだけにっこりと笑って室内にずかずか入り込んでやった。

 困惑していた司教が、耐えきれなかったらしいあくびをひとつした。


「司教。ちょっとご飯持って外出てもらってていいですか?」

「何だと言うんです、いったい……」


 おとなしくお盆(トレー)を持って出ようとしながら、さらにもう一度、ふぁ、とあくびをする司教。朝に相当弱いのかな。なんとなく目で追いかけていたら、振り返った司教と目があった。

 そのまま、首を傾げた司教がずんずんとこっちに来て、え、なに。


「な、な、なんっで、すか!?」


 頬に手があてられた。

 顔を覗き込むような姿勢で。


「じっとしていなさい」


 あの。ええと。

 美人とは至近距離で目を合わせちゃいけないって法律を作るべきだと思う。

 こっちが動けないままでいる間に、司教が目を閉じなさい、と囁いた。

 抵抗なんてできるわけがない。わけもわからないまま、言われるままに、目をぎゅっと閉じた。

 ちょっと、ホントに、何!?


「……はい、消えましたよ、痣」


 それだけ言って、目をパチクリとするわたしを放置して司教はするりと身を翻し、部屋を出た。

 あ、あざ?


「おー、綺麗に消えた」

「昨日の、殴られた痕が綺麗さっぱり……いや、やはり凄いな、医術の奇跡……治癒というのは」


 そんなのあったんかい。わたしの顔に。


「早く言ってよ!?」


 司教の術を賞賛するエーリとゼネガンに向けて唇を尖らせてから、さあ、やるわよ! と気合を入れた。

 寝ぼけ司教がおとなしく言うことを聞いてくれた今がチャンス。

 まずは、この部屋の掃除からだ。

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