27:テルマエ・アラサー
「いったい何をしようとしとるんだお前さんは」
久しぶりの気さえするヒゲジジイの顔は、呆れ顔を絵に描いてもらったら十人中8人くらいはこんな感じの顔を描くんじゃないかってなくらい綺麗な呆れ顔。
服と体を洗うのを提案したわたしに、ロンゴイルさんは妙に嬉々とした顔でそれなら手配させよう、と言いながら戻っていったのだが、それと入れ替わりに顔を出したのがヒゲジジイだった。体を洗うための道具を持ってきたとかで、まあこのジジイのことだから石鹸豆でも持ってきたかと思ったけれど。
「服はあきらめろ、あれを洗ったところで、そこに不満の溝ができるぞ」
そう諭された。
どういう意味かと聞く前に、説明してくれたけれど。
「掃除職の輩が皆ゼネガンのような者だと思うてはならん。
あれはもともと高潔なやつだ。坊っちゃんも以前から目をかけておったくらいにな。
みながみな高潔であれば、昨日の騒ぎは起きやせんのだ」
――そういや、確認はしていないけれど、このヒゲジジイの言う坊っちゃんってやっぱり、ロンゴイルさんのことっぽいなあ。ロンゴイルさんがヒゲジジイのことを信用しているみたいだし、ヒゲジジイ自身、今もこうしてロンゴイルさんの使いで来てるわけだし。
わたしが余計なことを考えている間も、ヒゲジジイは言葉を続けていた。
「同じ立場の者だ、同じように虐げられている仲間だ、そう思っている者がいたとしてみろ。
その中でひとりふたりがきれいな服を着ていたら、そこに起きるのは嫉妬と揉め事よ」
「そっか……」
「なのでこうする」
どうしたものかな、と肩を落としたわたしの前で、ヒゲジジイが布包みを広げる。
中を覗き込んで、わたしは思わず目をむいた。
そこには、新品の服が入っていた。
「最初からそう言う役職と思える程度にすれば良い」
子供サイズのメイド服、大人の――どういうんだろう、メイド服を男性用にしたような服。エプロンがついてるわけじゃないんだけど、燕尾服とかスーツとかはなさげな世界だから、こういうことになるのか。
「こういう服はなかったのか?」
『あんまり見た覚えがないわね』
「わたしのいた世界だと、ジャケット……この服みたいな、ボタンと襟のついた上着とかが中心だから」
自動応答の内容を補足しつつ、この色は女性向けだけど、ということも付け加えて、わたしはアンサンブルのジャケットをヒゲジジイに見せた。これを薄手の生地で首元まで作ってシャツにしたり。とものすごく簡単な説明をする。
「ふむ……そういや、お前さんの分もあるぞ」
そう言って広げられたのは、どう見ても使用人、小間使い用のメイド服とかではなくて、普通の娘さんが着ていそうな服だった。もっとも、どれも頭に「中世の」が付くけれど。
「他の服を持っていないだろうと、ロンゴイル様から預かってきたものだ」
「すごく助かるわ!」
急いで着替えてくると、ちょうど体を流し終わったエーリとゼネガンも新しい服を着終えたところだった。
――体を洗うと言っても、せいぜいがぬるま湯に浸けた布で体を拭く程度だったりするので、そんなに時間はかからなかったようだ。わたしも昨日、そんなもので済ませた。入院中にお風呂が禁止されたことのある人には想像しやすいかと思う。お風呂入りたいです。ゆっくり浸かりたいです。古代ローマと現代日本の往復とかできませんか。残念ながら今の状態ではお風呂回とか期待できませんこの世界! 未来に期待! わたしは何を言っているんだ。
で、まあ、なんで着替えるだけのわたしが時間かかってたかと言えば、それは簡単な話で。
「みんな、こんな面倒な服着てるの……」
ボタンは問題ないけれど、紐で編み上げる部分の多いこと! 最後には結局お手上げで、アディナに手伝ってもらったのだが、時間がかかって仕方がない。
服の着方が相当違うと気がついたヒゲジジイが、わたしの服――特にスカートのファスナーを上げ下げして唸っているけれど、金具が生地を噛みそうで見ていて怖い。
ゼネガンは右手の肘から先がないので、そのあたりから先の袖が風にフラフラしている。
「その服はロンゴイル様からの貸与品。汚したりするでないぞ」
「それでどうやって掃除するんだよ」
釘を差したヒゲジジイに対し、エーリが不満そうな声を上げて足元の石を蹴飛ばした。
「ハイハイ。これを使ってね」
もうね、眠かったんだ昨日の夜は。
だから不格好なんだと、先に言い訳させてほしい。
「何でしょうか、これは?」
『ホウキモドキ君初号機と、同じく弐号機よ』
だから、だいたい形は想像して欲しい。昨日最初に作った試作零号機が一番かたちが良いとか……まあ、これは所詮サンプルなのだ。サンプル。色々考えて作ってみたけど、昨日ちょっと使っただけでも枝は折れたりしたのだから、すぐに壊れる。間違いなく。
とりあえずは、彼らは見たこともないのだから、こういうときこそハッタリをきかせないと。
「簡単に使い方を説明するから、見てて。――こう」
ざっざっと地面を掃く。それだけでも、すぐに地面に転がる石などはすぐに一箇所に集まっていく。エーリとゼネガンは、ふむふむそれで、とでも言いたげな顔をわたしに向けた。
すごく当たり前のことにこれだけ不審な顔を向けられても困る。
「ええと……いや、これだけなんだけど」
「それでは今までの掃除職のしごとと大差ないのでは?」
『全然そんなことないから』
「お前さんは本当に何をさせたいんじゃ」
ゼネガンの(この世界においては)まっとうな指摘に、わたしの喉が即座に返す。
とりあえず使い方に慣れて欲しいの、と二人にホウキモドキを渡し、周辺を掃かせてみる。
その間にヒゲジジイをちょいちょいと手招きすると、嫌そうに眉間の皺を増やしたヒゲジジイに、小声で耳打ちした。
「――神様の賽子の話を聞いたわ」




