24:アラサー・エレメント
エーリの汚れた格好に難色を示しているのをみて、その子は掃除職にいたのだと伝えると、クォセミ司教は少しの間絶句してからそう呟いた。
「……こんな小さな子供もいたのですね」
「あの一団は神殿が管理してるとかじゃないの?」
「神殿にできることは、暫くの間屋根を貸すことくらいです。
すべての人を助けるには、あまりにも何もかもが足りませんから」
お金も、人手も、場所も。
以前は、食事も寝床も、見つからない限りは提供していたのだ、と。
まったく行く宛てがなかった者たちが掃除職に入るようになるまでは、それを目当てにここに居つく人が多すぎて神殿の仕事に支障が出るほどだったのだと、そう言う司教の話を、わたしは黙って聞いていた。
うーん……なんか難しいよね、そういうのの、線引って。
「同情的になって特例を作ってしまえば、そこから仕組みに穴が空いてしまいます。
子供だからと言って特別扱いはできないのは、間違いありません」
司教がそのまま、あの仕切の向こうにエーリの肩を押して行こうとする。
「あ、待って!」
本題を忘れるところだった。
「その子、お腹を蹴られてるから、顔の怪我より先にお腹を見てあげて。
あと、そうね……お水ないかしら」
「水、ですか。井戸からのもので良ければ」
わたしの後ろに向けて、司教はそれを持ってくるように指示した。
――後ろ? そう思って振り向くと、アディナが立っていて、頭を下げて部屋を出て行くところだった。
び、びっくりした、いつのまに。
その間に、エーリのお腹の様子を確認し終えた司教が、眉間に皺を寄せてきれいな顔を台無しにしている。
「骨が折れていますね」
一言、そう言うと手をエーリのお腹の前にかざし、眼を閉じて何かを呟き出した。
――そういえば、これが初めてだ。
魔法を、直接目にするのは。
何かに呼応するみたいにあらわれて、粒子のように漂う白い光。
何もなかったはずのところから現れたそれが、ふわりふわりと司教の手に集まっていく。手のひらを経由して、子供のお腹に入り込んでいく。
司教の額に、じんわりと汗の粒が浮いていた。
「……よし」
光が消え、司教が満足げに頷く。エーリは少しむず痒そうに体をひねり、しまった、と言いたげな表情で硬直し――わかるよ、わかる。怪我したの忘れて体動かそうとして「しまった痛いの忘れてた!」ってあれよね――あれ、と呟くと柔軟するかのように体を動かしはじめた。
「痛くない」
「もう大丈夫ですね」
にっこりと笑った司教を前に、おもわず笑顔を浮かべそうになって、慌ててふくれっ面になる子供によくある意地の張り方は、見ていて面白いけれどどうしてそういうことをするのかわたしはよくわからない。
「子供を相手にひどいことをする人がいたものです。
――外の騒ぎの話、何も聞いていないわけではありませんよ」
眼鏡をかけ直しながら、脅すような口調で言うのはやめて欲しい。
「さて……それで。あなたは、何をどう役に立ってくれるというんですか?」
『サイコロの出目を弄ってあげる』
わたしの右斜め後ろに回り込んでそう囁くのもやめてほしい。
抗議する前に、アディナが水を持ってきてくれたので、逃げるように距離を取る。
「賽子……神の賽子ですか。人間にどうにかできるものだとは思えませんが」
フゥーハハー。ホント異世界は地獄だぜ!
そんな戯言を言いかけて、飲み込んだ。とりあえず今は。
ポケットから、最後の一枚になったティッシュを取り出して、濡らす。
「エーリちゃん、ちょっとおいで」
「なにする気だよ」
文句を言いながらも寄ってきた子供の擦り傷をそれで拭ってやる。もう血も止まっているような浅い傷だから、絆創膏でもあれば……まあ、あるわけないんだけど。ほんのそれだけの作業でも、怪訝そうな顔をする司教。
やっぱり、そういうことよね。
※昨日からカテゴリをハイファンタジーに変更しています




