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22:アラサー女とハーメルンの掃除男

描写等、少し不快感を持つ方もいるかもしれません。

でも、タイトル的に大事な展開です。どうかご了承ください。

 掃除職そうじしき、ねェ……。なんだか掃除機みたいな名前。

 細かい埃を掃き出しながら、わたしはその人達がどういう仕事をするのか、大雑把なことを聞き出した。

 予想通りというか、木靴とか革靴で建物の中に入るこの世界は、埃はいくら払っても中に入り込むものという認識があるらしい。そのうえで、大きい泥汚れなんかはその人達がなんとかする、と。

 どうやって?

 それを聞こうとした時、跳ね上げ式の窓から外を覗き込んだアディナが言った。


「ああ、ちょうど、掃除職の方が来られているようです」


 そして黙ってわたしを見る。興味があるなら見てこい、ということだろう。

 そう判断して、彼女の見ている方へとふらりと向かってみた。

 しかし、外に近づいたところで、後ろから声をかけられることになる。


「サカさん。どうされましたか」


 見知ったナイスミドルだった。

 改めて思うが、わたしの名前はうまく発音できない人が多いらしい。


「ロンゴイルさん。ベル君の様子はどうですか?」

「先ほど目覚めました。空腹のようですので、何か食べさせる物をと思いましてね」


 良かった。

 ロンゴイルさんもほっとしたのだろう、目元が少し和んでいるようだ。

 しかし、その目がすぐに引き絞られる。

 何事かとその視線の先を追うと、門番らしき男が木のバケツから何かを投げているのが見えた。

 それに向かって、我先にと争うように集まる、人の群れ。

 投げられていたのは、多分、食べられるものだと思う。奪い合った人たちが、それを口に運んでいるから。

 なに、あれ。

 わたしは引きつった顔を浮かべていたと思う。


「掃除職といいます。……悪習ですよ」


 地を這うようにつぶやかれた、ロンゴイルさんの低い声に、わたしは頷くしかなかった。

 鳩の群れに餌をやる人を見たことがある?

 それを想像して欲しい。ただ、鳩ではなく、人間が相手なだけで。

 門番は、徐々に神殿の中に入っていく。やがて、引き連れるようにして建物の中を歩き始めた。

 餌を投げ巻いて、鳩を誘導するかのように。

 人の群れが、それについて神殿の中を歩いて行く。

 餌を撒いた後を、拾い歩く鳩のように。

 彼らの服はずるずると、酷く汚れて垂れ下がる襤褸ぼろのよう。

 日本のホームレスのほうが、まだ身なりを整えている。

 そう思うのではなく、間違いなく、そう。

 わらわらと彼らを引き連れ、門番が近付いてくる。前を通り過ぎる。去っていく。

 投げていたのは、切れ端の野菜だった。肉のかけらだった。砕けたパンくずだった。残飯だった。

 食べものにありつけたのだろう者は、それを拾った時間の分だけ行列の後ろに回ることになる。

 裸足の彼らの足が時折見え隠れして、真っ黒に汚れているのがわかる。

 彼らは時折、床を見てはそこをわざと襤褸で覆って、踏みつける。そのまま、擦るように足を動かした。

 る? 違う。あれは――拭っている。拭いている。

 そうか。

 あれは、あの襤褸は、引きずっているのだ。

 垂れ下がっているのでなく、わざと、引きずっているのだ。

 廊下の汚れを掃くために。

 埃を、ゴミを、掃くために。

 ――これが「なんとかする」ということか。

 なんて醜悪な笛吹き男(ハーメルン)

 物理的だ。

 人海戦術だ。

 最悪だ。そういう問題か!!


「なんなんですか……あれは……」


 声が引きつっているのが自分でもわかる。

 アレ呼ばわりした自分の傲慢に、気がつくほどの余裕もない。


「掃除職です。前に、神殿は身寄りのないもの、働けない者に屋根を貸すと言いましたね」


 わたしの動揺を察してくれたのだろう。もう一度ゆっくりと言い直してくれたロンゴイルさんは、少し目を伏せながら教えてくれた。


「……そのまま、皆が神殿にとどまり続けることはできません。

 身寄りが見つかるか、働き口を見つけるか……猶予のうちにそれができなければ」


 追い出されるということか。


「ああして彼らは何軒かをまわります。彼ら皆の腹が満たされるまで続きます。

 神殿は最初に彼らが回る場所ですから、これから街をまわるにつれて人数は減っていきますが。

 悪習です。まったくの、悪習です。

 かつては戦争捕虜や奴隷を掃除職として使っていました。今はこうして、同じ国の民を使っている」


 やんわりとした、それでもあまりに大きな断絶の冷水。

 あれを悪習だと断じるロンゴイルさんもまた、その存在そのものには異を唱えていないということに気がついて、価値観が違う世界なのだと突きつけられて、わたしは目を閉じた。

 ゆっくりと目を開ける。それが白昼夢なのだと期待した。

 現実だった。

 神殿の中をまわり終えた一団(ハーメルン)が、大きな、汚れたシーツを受け取っていた。あれが一団の『新しい服』になるのだとは、すぐにわかった。わかってしまった。一団は、何度も頭を下げながら去っていく。

 どうして頭を下げるの。

 疑問よりも憤りに近い思いでそれを見ていた時、一団の隅でひとりが転んだ。

 子供に見えた。


「おまえ、またおれのをとりやがったな!」


 少しろれつの回っていない、酒に焼けた男の声。

 襤褸をまとった男は、転がった子供を蹴り飛ばす。


「やめなさい!」


 何か考える前に、わたしはそう叫んで走り出していた。


「なんだおまえぇ?」

『通りすがりの、おねえさんよ!』


 自分でもかなりどうかと思う名乗りを、喉が勝手に上げた。

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