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21:アラサーポッターと小さな部屋

 木をくり抜いた中に、布を貼った靴。

 オランダのお土産をシンプルな色合いにしたような感じで、ころんとして可愛らしいそれは、歩くと下駄に似た音がする。革靴が多いのかと思っていたけれど、メイド服を着ているような人たちは、だいたいこれと似たような木靴だった。

 皮の比率が上がるほど、立場が高いか裕福か、だと思っていいんじゃないだろうか。


「こちらの部屋をお使いいただくように、とのことです」

「……へや」

「部屋です」


 きっぱりと言ってのける、くり抜き木靴のメイド服。なるほど。

 この歳になってハリー・ポッターやることになるとは思わなかった!

 階段下の小さなスペースを示して、まったく普通の顔して部屋発言とは恐れ入る。

 ――とか茶化してみたけれど、どうやら本気で言っているようだ。


「申し訳ありませんが、身元不明者は通常、雑魚寝の部屋を使うように割り当てられています。

 寝台などは後から運び入れますが、これでも厚遇なのだと、ご理解ください」


 本当に申し訳なさそうに言うメイド服、ことアディナさん。

 まあ……重要な客人でもない限り、豪華な客室を貸してもらえるとかは最初から思ってないけれど。

 問題は、この部屋――うう、部屋って呼びたくない――も、やっぱり、掃除をされた形跡がないということだ。


「アディナさん」

「呼び捨てで構いません」

「……じゃあ、アディナ。箒とか、ない?」


 日本のわたしの部屋も大概、ひどいことになっている。

 掃除は苦手で、片付けも下手だから……うう、このまま帰れないとしたら、行方不明者の捜索だのなんだのってあの部屋に踏み込まれたりするんだろうなあ……考えるだけで憂鬱になるわね。だけど、あの部屋でもここほど無茶苦茶ではなかった。いくらなんでも、コロコロとかくらいは使えるんだから。

 その一方で、アディナはきょとんとした顔をした。

 ……まさか。


「ほうき?」


 うわあああマジか!

 そこからかこの世界!!

 掃除の概念がなさそうだと思ってたけど、そもそも道具がなかったか!


「ええと……落ち葉を集めたりするような道具なんだけど」

「? 拾い集めればいいのでは」


 うわあ真顔だ。

 よし考えろわたし。

 どうする。箒がないなら作ればいいじゃない! 文句があるならベルサイユにいらっしゃい!

 ……いやいや、ポリニャック夫人はおいといて。

 勢いの発想だけど、作ればってのは名案の気がするわね。


「最近、木を切ったところとか知らないかしら?」


 そう聞いたわたしに、アディナが連れて行ってくれたのは神殿の裏だった。

 おあつらえ向きの枝が、結構大量に積み重なっておいてある。

 捨てるため、ではなく保存しているように見えるんだけれど。


「これって、何かに使うものなの?」

「冬の間の、暖炉に入れます。……暖炉、わかります?」

『わかるわ。使ったことはないけれど、火を入れて、部屋を暖める暖房器具ね』


 記憶喪失の人、としてはわからないというべきなんだろうけど。

 質問されたら答えるこのオートレスポンス機能。ありがた迷惑なことこのうえない。


「種火に使うんです。薪はすぐに火がつくわけではありませんから」


 バーベキューと同じ、か。それなら新聞紙……あるわけないわね。

 適当な長さの枝を一抱え集めて、今度は柄になりそうな物を探す。それも、すぐに見つかった。

 あとは、これを束ねて縛ってみれば、なんとかなるんじゃないだろうか。


「……なんでしょうか、これ」


 丈夫な紐を探してきてくれたアディナが、完成したホウキモドキを見て怪訝そうな声を上げる。

 ううん、わたしはこんなにも不器用だったのか。

 だいぶ不格好なホウキモドキは、部屋の隅々まで掃き清めるには難しそうだ。


「それでも、あるだけ進歩よね」


 つぶやいて、わたしはそれを肩にかけた。

 まず最初にするべきは、階段下のあのスペース。……そう、スペース! 部屋って言いたくない!

 あからさまに数時間前まで倉庫だったらしいその場所には、蜘蛛の巣こそ少なかった(ないとはいっていない)けれど、四角よすみくまなく埃はぎっしり、って感じだった。

 小さめのドアに挟まるような気持ちでその中に入り込むと、箒で隅っこをつつくように掃き始めた。

 ハリポタって言ってはみたものの、さすがに神殿、一般家庭の階段下の隙間ほど狭くはない。

 そもそも階段が、成人男性が三人腕組んで歩けるくらいの幅で、中頃には踊り場がある、結構しっかりした感じの作りなのだ。

 その代わり、一番高いところでもわたしが立ち上がったら頭をぶつけるくらいの、中腰必須の高さ。

 ああ、そうか。何か思い出すと思ったけど、二段ベッドとかシステムベッドの下の段って感じなんだ、これ。

 そうやってしばらくごちゃごちゃやっていくうち、最初が酷いからちょっと掃いた程度では汚れは落ちないけれど、大きな埃は追い出す事ができそうだと確信を持つ。


「一体、何をやってるんですか? 意味のない」

『掃除、なんだけど』


 怪訝そうな顔で、かつ本気で心配している顔で、ずっと見ていただけのアディナはようやくそんな事を言いだした。

 意味がない、か。

 さっきは茶化して流したけれど、掃除の概念が全くないとは考えにくい。

 自分の団子声(オートレスポンス)をどこか遠くに聞きながら、わたしは少し考え込む。

 だがその答えは、すぐにアディナが提示してくれた。

 全力で眉間に皺を寄せながら。


「そんなことをしたら、掃除職そうじしきの方々の仕事を奪ってしまいます」

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