20:ハニトラ(アラサー)(笑)
したり顔で目を細めて笑う、クォセミ司教。
わたしはこっそりため息を吐いた。
まさか一般市民にまで香料が安価に、しかも大量に出回りまくってる世界があるなんて、思いもしないよね、そりゃあ。しかも異世界とか、どう考えても想像できたほうがおかしい。
ごめんよー、わたしのいた世界じゃあ香害なんて言葉ができるほどに、今、洗剤だのなんだのは良い匂いをさせることにこだわりまくっているものが多いのよ。
あれさー、どうなんだろ?
シャンプーもボディーソープも洗剤も基本として、なんだったら柔軟剤やら日焼け止めやらヘアスプレーなんかでも、なんでもかんでも匂いがついてて挙句の果てに香水とかもあって、ごちゃまぜになりすぎてていっそ変な匂いになってることとかない?
――ああ、脱線した。ともかく。
どう考えたって、異世界人です、なんて突飛な事実より、どこかの誰かが差し向けたハニートラップです! てなありえる妄想の方が現実性が高いんだから、そこは誤解されても仕方がない。
うーん……しかし、どうしよう。この誤解は解かないほうが良い気がする。
それなら。
「今は、事情はあかせません。
ですが、ロンゴイル様に不利益をもたらすつもりは、毛頭ありません」
嘘をついていない範囲で開き直ってみる。
実際にそんなつもりはないのだし。
「今しばらくはどうか、お見逃しを。お願いします」
「……ははは! なるほど、こうもはっきりお願いされては、俺も神官の端くれ。無下にはできんな」
強気に出た、自分よりも身分が高いかもしれない相手が下手に出る。
このタイプなら、そういうシチュエーションにくすぐられてくれるんじゃないかという読みが、綺麗にハマったみたいだ。
この調子なら……調子なら………………どうしよう。
いきあたりばったりにも程がある自分の行動に、頭を抱えそうになるけれどそういうわけにもいかない。
「その言葉、違えた日にはその命、貰い受けるぞ」
「ええ、構いません」
口からでまかせで生きてるなあ我ながら!
「それなら……ひとつ、取引といこうか」
にんまりと笑う、司教。
「どっちみち、貴様にはこの神殿に住んでもらう必要がある。
なにせ、身元不明人なのだからな。その間、貴様は俺に付くがいい」
は?
何いってんのこいつ?
自分が毒婦扱いした女を、自分の近くに置くって?
意味がわからなすぎて沈黙するわたしを尻目に、司教は部屋の奥に向かう。
百合の花と言うかラッパというか、そんな形の管の蓋を開け、その上でハンドベルを鳴らす。もしかして伝声管の類なんだろうか。
蓋を閉じると司教は、ロンゴイルさんたちと一緒にいた時に見せていた、柔和な笑顔に切り替えた。
「記憶がない振りは、通せ。こちらもそう扱う。
その代わり、貴様はここで、何か役に立ってみせろ」
うーわ、実にアバウト。
「言うまでもないだろうが、神殿は神の力が及ぶ場所。
神殿で、神官を束ねる立場に害を為そうものなら神罰も起こるぞ。
……さて、その神罰が、自分に起きるものとは限らないことぐらい、わかっているな?」
『知らなかったわ』
即答した言葉が、空気をまったく読んでない!
思わず顔が引きつりそうになるが、司教は満足そうだった。
……そうか、記憶がない振りを通した、と思ったのか。
さっきの管は伝声管で間違いなかったようで、突然扉がノックされて「お呼びでしょうか」と問いかける少女の声がした。
「あなたの手。それは労働を知らぬ者の手です。ひとりでは苦労なさるでしょうから。
……いつか、答えてもらいますよ。あなたが何者なのか」
扉に向かいながら、司教はわたしにそう囁いた。
どうにも居心地の悪い誤解だなあ……。
「アディナ。こちらのご婦人は不幸にも記憶をなくしていらっしゃるようです。
このままでは日々の暮らしにも事欠いてしまいます。
身寄りが見つかるか、自身の力で生活できるようになるか……それまでどうか彼女を援けていただけませんか?」
さっきベル君を連れて行ったメイド服の彼女に、司祭が優しーくそう語りかけている。
……その実、監視を命じられているのだとは、きっとそのアディナさん自身もわかるまい。
「それと最初に、彼女に靴を」
…………うん、ずっと裸足だったからね……。
タイトル部、コロン(:)が縦書き二点リーダ(︰)だったのを修正。全然気づかんかった……




