19:あなたのそれは、どこから?
どうやらこれが本性か、今にも自分のことを俺様とか自称しはじめそうなクォセミ司教はようやく、わたしとの距離を少し取ってくれた。
だけど、去っていくような様子はない。
「顔立ちはまるで違えど、その雰囲気。
貴様、ロンゴイル様の亡くなられた奥方様によく似ている」
やっぱりあのナイスミドル、妻帯者だったか。
その感想が、真っ先に出てきたものだった。まあ、17歳の息子がいる30歳女性の話を昨日聞いたばかりなのだから、そこに驚きはない。女の結婚が早いのに、男の結婚が極端に遅いということもないだろうから。
だから、他の言葉が意味することに気がつくのが、すこし遅れた。
亡くなった? 似ている?
……どれも初耳。いや、わたしに言う義務も義理もないんだから、それは普通のことだと思うけれど。
何に動揺しているのかもわからないけど、何故かぐるぐると胃の上あたりに、飲み下せない違和感が生まれる。いや、違う。これは今まで気にもしていなかった違和感だ。
――ベル君がわたしを見るなり警戒したのにおとなしく連れて行ってくれたのはどうして?
――ヒゲジジイがいきなり人に毒を盛って試すような行動に出たのはどうして?
――ロンゴイルさんが、先に声を聞いておきながらわたしを見て驚いていたのはどうして?
答えを知ってしまえばなんてことはない。
魔女とか言う悪いのが現れたと聞いて、見に行ったら死んだ奥さんに似た女がいた。
どう考えたって何かのトラップです本当にありがとうございました。
むしろその状況下でわたしを信じてしたって無理よ普通!
そりゃこの司教だって、これだけ威圧感バリバリで責めてくるわけだ。
……わたし、動揺は顔に出やすい方だと自覚はあるけれど、隠せたと思う。
「わたしが……誰と似ているって?」
「痴れ言を。貴様がどこの姫かは知らんが、籠絡あたりが目的か」
ん?
あー、え?
何かシリアスに考え込んだこっちが拍子抜けするようなことが出てきた気がするわよ?
ていうか魔女はどこ行った。
そもそも、魔女がどうとか、このひと一言も言ってないわね、そういえば。
……もしや。
もしや、この司教、なにかをものすごい勢いで、誤解していないか。
わたしの考えていることなどまるで知る様子もなく、司教は眼鏡を指で押し上げかけ直すと、声を低めて囁いてくる。
どうでもいいんだけど、さっきからこのひとが声を低くするたびに、脳内で銀色の廊下が展開する。そして白い服を着た長い黒髪の貧乳マジシャンがさっそうと歩いてきて「あなたの緑川光は、どこから?」と問いかけてくるのだ。わたしは緑のタンクトップに黒スパッツ履いた、お前を殺すとか言い出す少年から。
いや、何かね? 雰囲気がね?
特になんというか、思い込みで突っ走って自爆しそうだったり、変なところで気を回しすぎる苦労性っぽい雰囲気が、どうにもね? いやほんと、気のせいだと思うんだけどさ。
「ロンゴイル様は職業女を充てがわれて良い顔をする方ではない。
よもや、その歳で処女などという逸材がいるとも思わなかったが……斎宮でもしていたか」
さ、さいぐう?
ええと、確か……いうなれば、巫女さんの偉いやつ。六条御息所の娘がなったやつだっけ。それについて伊勢に行くという形で、御息所は源氏から離れることを選ぶのだ。
うむ。超大雑把なわたしの知識は、その程度である。
だが、それはどう考えてもわたしの如き一般人がなるような立場ではない。
困惑を顔に出さないようにするので精一杯なわたしの前で、司教はまたもやわたしのハンカチを鼻に押し当てる。だから! なんで! 嗅ぐの!?
「……良い匂いだ。貴様のその、妙な服や髪も。随分と良い香を使ったと見える」
良い匂い? あ!
やっと何が誤解のきっかけか、つかめた気がする。
洗剤も、シャンプーも、この世界では日本で手に入るような匂いがするものはないってことか!
わたしは南国のシンタローから。




