16:それは秘密です
「……ふむ、神官が出払っているわけではないようだ」
通路の奥に向かう途中、ロンゴイルさんが突然、そんなことを呟いた。おもわずそっちを見る。
我ながら無遠慮な目線だと思ったが、少しだけ苦笑いされたけれど説明をしてくれる。
「この奥の部屋は、司教の……教えを司る者、ですからこの神殿の統括を担う役職なのですが。その人の部屋へと続く道です。
重傷でもないベルデネモの容態で通されることは、まずないのですが」
「……ジャデリクさんの応急措置が問題だ、とか?」
もしやと思って訪ねた言葉は、ロンゴイルさんに人差し指を口の前に立てて「シ」と軽く諌められた。同時に、極僅かに頷くロンゴイルさん。
肯定、か。もしかしたら他にも理由があるのかもしれないけれど、それも理由の一つ、と。
……色々複雑なのだろうけれど、それこそわたしにはまるでわからないので、指先を立ててロンゴイルさんの真似をした。
それは秘密です、ってことなのだろうから。
治療は、驚くほどすぐに終わった。
治療過程を見せたくないのだろう、パーテーションで区切られた部屋の奥にベル君が運ばれていき、白い服と長い帽子を被った人が中にはいっていく。少し長めにざっくりと切られた黒髪に、銀縁の眼鏡が印象的だった。眼鏡、あったんだこの世界。
「あれがクォセミ司教です」
ロンゴイルさんが、姿勢も顔もうごかすことなく、静かにそう囁く。
何かを唱えているのが聞こえたと思ったらふわりとした白い光が部屋に漂い始め、それが仕切りの向こうに集まり……そして、出てきた白服の男に声をかけられた。
「怪我はふさがりました。ですが……ジャデル翁の悪戯にも困ったものですね」
そう言って笑った司教に、あと少し餃子感があったらわたしは迷いなくロウヒーローと呼んでいただろう。顔つきも姿も似ていないけれど、纏っている雰囲気などはどうしようもなく思い起こさせる物があったのだ。
ベル君の腕を縫っていた草糸に顔をしかめ、止血に使ったナプキンを見て怪訝そうな顔を浮かべてそんな事を言う彼は、しかしハンカチは一度鼻を押し当て、首を傾げてみせた。
ていうかなぜ嗅ぐ。
ともかく、応急的な処置はジャデル翁の仕業だろうと言って流したようだった……って、なんだか微妙に名前違う気がするけれどヒゲジジイのことよね、翁って言ってるし。
「司教様、ありがとうございました」
「どうぞ顔をお上げになってください、ロンゴイル様。あなたが私に敬称を付ける必要などありません」
立ち上がり、深々と頭を下げるロンゴイルさんに、司教はどこか女性的な顔を笑みの形に崩す。
……ベル君はイケメンだと思ったし、ロンゴイルさんはナイスミドルだと思った。この司教は、美形だ。
なんだろう、この世界、みんな顔立ちが良いのばっかりなんだろうか。いや、神殿の衛兵みたいな人は普通の顔だったから、皆が皆ってわけじゃないんだろうけれど。
「従者の少年なら、まだ目ざめませんよ。
眠りの毒と、時遅の魔術がかかっておりましたので。
毒のことはジャデル翁におまかせしますが、術は解いておきました」
治療が終わったからには、ベル君はすぐに目をさますのかと思って微妙に仕切りの向こうを気にしてそわそわしていたわたしに気がついたのか、司教がそんなことを言う。いや、わたしはその、綺麗どころが並んでるのを見てみたいなーとか思っただけなんですが、はい。
って。
「ときおそ?」
思わず、オウム返しに呟いたわたしに、司教が少し困った顔をする。
「……そういえば、そちらの方は、記憶がないということでしたか」
う。記憶が無いって話をした覚えは……そうか、ロンゴイルさんが受付に言ったのか。そりゃ言うよね普通! 怪我人と身元不明人の引き継ぎだよねここに来た理由って! 身元不明人って誰のことよわたしのことか、みたいな状況になってたわ今。
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