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18:生あくびと朝食と、味噌汁と納豆

 結局その日は再びケイジが来るとかもなく、普通に朝を迎えた。

 寝なおそうともしたのだが、結局どうにもよく眠れなかったのでかなり眠い。この世界に来る前は夜勤ありのシフト制で生きてたので、眠気を抱えたまま動き回るのも慣れたものではあるのだが、ここしばらくはそんな無茶もしてこなかったので、布団の誘惑は抗いがたい。とはいえその温かさに負けて眠りすぎても、逆に疲れることもよく知っている。何度かうとうとと二度寝に誘われかけたりしつつも、無理矢理立ち上がることに成功したので、わたしえらい。


「おはようございます」


 フロントまで出てみたら、わたしよりもうひとつ眠そうな顔があった。ベル君だ。


「あれから眠れましたか? 随分と眠そうですけど」

『全然眠れなかったわ』


 生あくびが出るのは仕方がない。噛み殺す意味もあまり感じなかったので、ふわ、と思いっきり口を広げてやった。


「ベル君はどうするの。そっちこそあまり寝てないでしょ」

「一日二日の徹夜は、よくあることです」

「そう……あんまり無茶はしないでよ」


 眠そうなのに強がるので、軽くたしなめるだけにしておく。

 しかし――たいしたことないと思っていたけれど、こうして実際に人がいるところのほうが安心できるあたり、わたしも相当参っていたようだ。昨夜のソードブレイカーは、結局あのままわたしの手元にある。持ち歩くには鞘もないので、部屋の机の上に置きっぱなしにしてあるのだけれど。

 にしても、ねえ。


「結局あいつ、何しに来たんだろ」


 そのあたりにあった椅子に座ると、机に上半身を預けて無作法に寝そべる。ため息だけはどうしようもない。もうちょい寝直しててもよかったかな、なんて思った時、机の下に投げ出した足に何か、けむくじゃらなものがすりりっとした感触がしたって何いまの!!


「にゃあ」


 びっくりして机の下を覗き込んだわたしの前で、白い六本足の猫が一声、鳴いた。


「あれっ、この子って」

「おい! ウィノリはいるか!」


 木賃宿の主、ハゴムの飼ってない飼い猫で間違いなかったようだ。

 なんせ飼い主がこうして直後に現れたのだから。


「どうしたの?」

「ん? あんたは昨日の女か。なんでここに……いや、そうか、だよな」


 何か聞きかけて勝手に納得された。ちょっといらっとくる。

 抗議しようかとも思ったけれど、それより先に呼ばれた当の女将さん、イノリが出てきたので揉め事はよくないと考えなおし、黙って我慢することにした。わたしえらい。


「なんだいハゴムかい、朝から騒々しいね。何の用だい」

「うるせえ、そっちこそ何なんだ夜からずっと騎士が玄関に立ってるって話じゃねえか」


 わたしはベル君の方を見る。当のベル君はわたしの視線に気がつくと、自分の顔を指差して、困惑しながら頷いた。ふむ。どうやら他に誰か騎士がいたわけではない、と。


「そりゃあ……大したことじゃないよ、あんたにゃ関係ないだろ」

「はっ、そりゃ確かに今のオレにはなんの関係もねえな」


 何がなんだかさっぱりだけれど、ハゴムは随分とお怒りの様子でわたしのいた机、その向かいにあった椅子をひくと、どっかりと腰掛けて机のうえに足を置く。


「ちょっと、汚いじゃない!」


 それにはわたしも思わず背を伸ばして抗議した。

 だが、ハゴムは全然意に介した様子なく軽く手を降って、帽子を目深に被っただけだ。


「ああ、気にしないどくれ、その男はすぐにそうやって机に足を載せるんだ。

 子供の頃からの悪い癖だよ、一向に治りゃしないんだから」


 そう言って、机の上の爪先をぱこんと硬そうな板で殴るイノリの様子も、慣れたものだ。


「イノリ、鼻は大丈夫?」

「ああ、ちょっと切れただけだからね。ノーマこそ、手は大丈夫かい?」

『かさぶたになってきたわ』

「ならすぐ治りそうだね、良かったよ」


 本当に聞きたかったことはそこじゃないけれど、さすがにどう聞けば良いのかわからなかった。それとも、何のてらいもなく「あなた今にも殺されるところだったわけだけれどもう平気かしら」なんて聞ける精神性の持ち主はこの世のどこかにいたりするのだろうか。


「それはそうと朝食のことなんだけどね」

「なに、なに?」


 昨日のメインは何かの焼肉とスープだったが、結構おいしかった。わたしは期待に満ちた目でイノリの顔を見上げる。

 しかし、眉尻をさげたイノリが言い出したのは、非常に残念な内容だった。


「その、ちょっと今朝はご飯を出すのは難しそうでね……。

 申し訳ないんだけれど、どこかでご飯を食べてきてもらいたいんだよ」

「え」


 ひゅるひゅる、と自分の中で何かがしぼんでいくのがわかる。

 今、こうして不本意に白米の一粒も食べられない生活をしていると心の底から痛感するのだ。

 日本のご飯、おいしかった。

 質素な朝定食って考えただけでももう、この世界の定番品は硬めのパンをスープに付けてもしゃもしゃと噛み続けるような感じなのだ。

 ああ、お豆腐の浮いたお味噌汁、塩ジャケ、卵かけご飯にぴゃーっと醤油をかけて! そんな好物ってわけでもなかった納豆さえもいまやなにもかも懐かしい……って感じがするので始末に負えない、ていうか魚以外は大豆加工品だらけなのどういうこと。わたしそんなに大豆好きだったなんて記憶はないのだが、食べられないとなると悲しいものってことなのだろうか。

 ともかく。

 昨日の晩御飯だけでもこの世界に来て食べたものの平均値よりはだいぶ美味しい料理を作ってくれたイノリの、料理の腕はたぶん間違いない。その朝食が食べられないとか、残念無念でむなしすぎる。

 椅子の上で灰のように真っ白に燃え尽きたわたしの膝の下で、猫が何かを催促するかのように「にゃあにゃあ」と唸る。


「ああ、はいはい。ちょいと待ってな」


 イノリはそれにも慣れた様子で、例のヤグヤグの足の筋(いもけんぴっぽいやつ)を猫にやっていた。

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