17:教育とアドバンテージと、焼肉定食
報連相、についてロンゴイルさんがすっとぼけたことを言い続けるのも、まったくわからない話ではない。彼はエライヒトだ、皮肉でもなんでもなく。
実際のところ、報連相を考慮しないことそのものが一概に悪いということではないのだ、上の立場の者が有能である限り。
従業員に何の報告もなくいきなり給与不払いからの逃走倒産コース決めてくれやがった、わたしのかつての職場とは意味が違う。
受けた報告をつぶさに把握し、何をすれば良いのか判断し、指示をするのはロンゴイルさんの仕事の一部であり、それが出来ていることはおそらく彼にとって考えるまでもない前提なのだ。そしてその結果の情報は、彼のもとにあれば良い。報告を受けている、それが当然になっているからこそ改めて『報告が重要』とか言われてもピンと来ないし、判断は自分がするものだから『連絡をし、相談をする』ということにも意味を見出していないのだ。
「狙われていると知って窮屈な思いをさせるのは忍びないとか思ってくれたのかもしれませんけど、理由もわからず突然連れ回される方がストレスです。それにさっきのベル君みたいに、護衛を期待していてもその護衛当人が危機を知らなければ、油断していても仕方のないことでしょう」
寝こけていたのはベル君が油断したせいではないのだが、疲労し、危機の迫っている可能性を知らない状態で、熟睡していたことを責めるのは筋が違いすぎる。それぐらいはすぐにわかるだろうけれど、敢えてはっきり言い含める。
わたしが言っていることに理があると思ってもらえているのだろう、ロンゴイルさんは少し肩を落としながらではあるが、真剣な顔つきで耳を傾けてくれている。
「もう少し、まわりを信頼してください。
それともあなたの周りは、そんなにも信用できない人たちばかりなんですか?」
ため息が混じりそうになるのをこらえて、ゆっくりとそう口にする。
それに対し、ロンゴイルさんは少し目を伏せると机の上で手を組んだ。思いがけずシリアスな空気に、わたしはうっかりたじろいだ。
……ちょっとだけひどいことを言った気がする。敗残卿、なんて明らかにひどいあだ名で呼ばれてしまっている人だ。彼の周囲には、彼を蹴落とすタイミングを狙っている人はいくらでもいて、手助けをしてくれる人なんて数える程もいないのかもしれない。
おそらくそのあたりの推測は、悪い意味で思った通りなのだろう。ロンゴイルさんは話を変えるかのような態度で、わたしに笑顔を向けてきた。
「しかし、ノーマ。どうしてそんなことを考えつくのです?」
『わたしも教わったことです』
それを教わった会社は連絡もなしにぶっ潰れていまや影も形もありませんけどね!
もちろん、勝手な応答に対してそこまで補足してやる必要もないのでわたしは若干うにゃうにゃとした気分を隠しに目を細め、口を歪めるだけなのだが。
「教わる……そうか。あなたは天使――精霊人でしたね」
怪訝な顔をしたのも一瞬、ロンゴイルさんは納得した顔で頷いた。
わたしが記憶喪失だなんて、たぶんこの人は信じていない。思い出したのですか、とか詰め寄ってこないのがその証左だと思っていいはずだ。むしろ、かつての奥さんという形で精霊人を他に知っている以上、わたしが異世界から来た、転移者であると理解している可能性すらある。異世界転移してきたなんていきなり話しても頭の異常を疑われそうな話、直接は二人ほどしか説明していないのだが――ともかく。
「周りを信用できないわけではありませんが、周りに知恵者がいないのは確かです。
知っているでしょう、この国には己の名を書くだけでも精一杯の者が多い。
教わる、教える――つまり知識の譲り渡しなど、あまり行われないのです。何と言っても知識があるということは他者を上回ることができるということ。自分のアドバンテージを削るということは、それだけ自分の価値を目減りさせるということなのですから」
ロンゴイルさんは少し困ったような顔で、そんな情けないことを言う。
それはあれか。所詮この世は焼肉定食、強ければ生き弱ければ死ぬ――なんか間違えた気がするけどまあいいや、とにかく立身出世は椅子取りパーティーなのだということか。
さすがにちょっと顔をしかめたが、そんなこと、わたしには知ったこっちゃない。
それこそ助けが欲しいなら、信用できる相手に連絡し、その現状を報告し、打開案を相談しろという話なのだから。
「……相談、は言うまでもないでしょうから、端折ります。
でもわかりますよね、相談するには、当たり前のことですが情報が必要です。その情報の伝達手段は、当然連絡し、報告することなんです。
いいですね? 大事なことも、大事でないことも、逐一必要なことを必要なだけ必要な相手に連絡して、報告して、相談する。つまり、ホウレンソウ、です」
ハーブティーが少し冷めてきている。もったいないなと思って一息に飲み干し、わたしは指を三本、人差し指中指薬指と順番に立てることでその三つを更に強調した。
「ええ。レンソウホウ、ですね」
「……覚えてくれたならそれで、いーです、もう」
わたしが突然投げやりになった意味がわかるわけもなく、ロンゴイルさんはクソ真面目に頷いている。
しっかりと頷いて何度かその言葉を繰り返すロンゴイルさんの、その順番のせいでわたしの頭のなかには赤白の浮き輪っぽいものを付けた、灰色で金属質なウサギめいた何者かが頭の中を走り回っているのだった。




